らの人は誰《たれ》か居ませんか。」ポウセ童子が叫びました。天の野原はしんとして返事もありません。
 西の雲はまっかにかがやき蠍の眼《め》も赤く悲しく光りました。光の強い星たちはもう銀の鎧《よろい》を着て歌いながら遠くの空へ現われた様子です。
「一つ星めつけた。長者になあれ。」下で一人の子供がそっちを見上げて叫んでいます。
 チュンセ童子が
「蠍さん。も少しです。急げませんか。疲《つか》れましたか。」と云いました。
 蠍が哀《あわ》れな声で、
「どうもすっかり疲れてしまいました。どうか少しですからお許し下さい。」と云います。
「星さん星さん一つの星で出ぬもんだ。
 千も万もででるもんだ。」
 下で別の子供が叫んでいます。もう西の山はまっ黒です。あちこち星がちらちら現われました。
 チュンセ童子は背中がまがってまるで潰《つぶ》れそうになりながら云いました。
「蠍さん。もう私らは今夜は時間に遅《おく》れました。きっと王様に叱《しか》られます。事によったら流されるかも知れません。けれどもあなたがふだんの所に居なかったらそれこそ大変です。」
 ポウセ童子が
「私はもう疲れて死にそうです。蠍さん。もっと元気を出して早く帰って行って下さい。」
と云いながらとうとうバッタリ倒《たお》れてしまいました。蠍は泣いて云いました。
「どうか許して下さい。私は馬鹿です。あなた方の髪《かみ》の毛一本にも及《およ》びません。きっと心を改めてこのおわびは致《いた》します。きっといたします。」
 この時水色の烈《はげ》しい光の外套《がいとう》を着た稲妻《いなずま》が、向うからギラッとひらめいて飛んで来ました。そして童子たちに手をついて申しました。
「王様のご命でお迎《むか》いに参りました。さあご一緒《いっしょ》に私のマントへおつかまり下さい。もうすぐお宮へお連れ申します。王様はどう云う訳かさっきからひどくお悦《よろこ》びでございます。それから、蠍。お前は今まで憎《にく》まれ者だったな。さあこの薬を王様から下すったんだ。飲め。」
 童子たちは叫《さけ》びました。
「それでは蠍さん。さよなら。早く薬をのんで下さい。それからさっきの約束《やくそく》ですよ。きっとですよ。さよなら。」
 そして二人は一緒に稲妻のマントにつかまりました。蠍が沢山《たくさん》の手をついて平伏《へいふく》して薬をのみそれから丁寧《ていねい》にお辞儀《じぎ》をします。
 稲妻がぎらぎらっと光ったと思うともういつかさっきの泉のそばに立って居《お》りました。そして申しました。
「さあ、すっかりおからだをお洗いなさい。王様から新らしい着物と沓《くつ》を下さいました。まだ十五分|間《ま》があります。」
 双子のお星様たちは悦んでつめたい水晶《すいしょう》のような流れを浴び、匂《におい》のいい青光りのうすものの衣《ころも》を着け新らしい白光りの沓をはきました。するともう身体《からだ》の痛みもつかれも一遍にとれてすがすがしてしまいました。
「さあ、参りましょう。」と稲妻が申しました。そして二人が又《また》そのマントに取りつきますと紫色《むらさきいろ》の光が一遍ぱっとひらめいて童子たちはもう自分のお宮の前に居ました。稲妻はもう見えません。
「チュンセ童子、それでは支度《したく》をしましょう。」
「ポウセ童子、それでは支度をしましょう。」
 二人はお宮にのぼり、向き合ってきちんと座《すわ》り銀笛《ぎんてき》をとりあげました。
 丁度あちこちで星めぐりの歌がはじまりました。
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「あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲《わし》の  つばさ
 あおいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。

 オリオンは高く うたい
 つゆとしもとを おとす、
 アンドロメダの くもは
 さかなのくちの かたち。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊《こぐま》のひたいの うえは
 そらのめぐりの めあて。」
 双子のお星様たちは笛を吹《ふ》きはじめました。
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   双子《ふたご》の星 二

(天《あま》の川《がわ》の西の岸に小さな小さな二つの青い星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星様でめいめい水精《すいしょう》でできた小さなお宮に住んでいます。
 二つのお宮はまっすぐに向い合っています。夜は二人ともきっとお宮に帰ってきちんと座ってそらの星めぐりの歌に合せて一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子のお星様たちの役目でした。)
 ある晩空の下の方が黒い雲で一杯《いっぱい》に埋《う》まり雲の下では雨がザアッザアッと降って居《お》りました。それでも二人はいつものようにめいめいのお宮にきちんと座って向いあって笛を吹いていますと突然《とつぜん》大きな乱暴ものの彗星《ほうきぼし》がやって来て二人のお宮にフッフッと青白い光の霧《きり》をふきかけて云《い》いました。
「おい、双子の青星。すこし旅に出て見ないか。今夜なんかそんなにしなくてもいいんだ。いくら難船の船乗りが星で方角を定《さだ》めようたって雲で見えはしない。天文台の星の係りも今日は休みであくびをしてる。いつも星を見ているあの生意気な小学生も雨ですっかりへこたれてうちの中で絵なんか書いているんだ。お前たちが笛なんか吹かなくたって星はみんなくるくるまわるさ。どうだ。一寸《ちょっと》旅へ出よう。あしたの晩方までにはここに連れて来てやるぜ。」
 チュンセ童子が一寸笛をやめて云いました。
「それは曇《くも》った日は笛をやめてもいいと王様からお許しはあるとも。私らはただ面白《おもしろ》くて吹いていたんだ。」
 ポウセ童子も一寸笛をやめて云いました。
「けれども旅に出るなんてそんな事はお許しがないはずだ。雲がいつはれるかもわからないんだから。」
 彗星《ほうきぼし》が云いました。
「心配するなよ。王様がこの前|俺《おれ》にそう云ったぜ。いつか曇った晩あの双子を少し旅させてやって呉《く》れってな。行こう。行こう。俺なんか面白いぞ。俺のあだ名は空の鯨《くじら》と云うんだ。知ってるか。俺は鰯《いわし》のようなヒョロヒョロの星やめだかのような黒い隕石《いし》はみんなパクパク呑《の》んでしまうんだ。それから一番痛快なのはまっすぐに行ってそのまままっすぐに戻《もど》る位ひどくカーブを切って廻《まわ》るときだ。まるで身体《からだ》が壊《こわ》れそうになってミシミシ云うんだ。光の骨までカチカチ云うぜ。」
 ポウセ童子が云いました。
「チュンセさん。行きましょうか。王様がいいっておっしゃったそうですから。」
 チュンセ童子が云いました。
「けれども王様がお許しになったなんて一体本当でしょうか。」
 彗星が云いました。
「へん。偽《うそ》なら俺の頭が裂《さ》けてしまうがいいさ。頭と胴と尾とばらばらになって海へ落ちて海鼠《なまこ》にでもなるだろうよ。偽なんか云うもんか。」
 ポウセ童子が云いました。
「そんなら王様に誓《ちか》えるかい。」
 彗星はわけもなく云いました。
「うん、誓うとも。そら、王様ご照覧。ええ今日、王様のご命令で双子の青星は旅に出ます。ね。いいだろう。」
 二人は一緒《いっしょ》に云いました。
「うん。いい。そんなら行こう。」
 そこで彗星がいやに真面目《まじめ》くさって云いました。
「それじゃ早く俺のしっぽにつかまれ。しっかりとつかまるんだ。さ。いいか。」
 二人は彗星のしっぽにしっかりつかまりました。彗星は青白い光を一つフウとはいて云いました。
「さあ、発《た》つぞ。ギイギイギイフウ。ギイギイフウ。」
 実に彗星は空のくじらです。弱い星はあちこち逃《に》げまわりました。もう大分来たのです。二人のお宮もはるかに遠く遠くなってしまい今は小さな青白い点にしか見えません。
 チュンセ童子が申しました。
「もう余程《よほど》来たな。天の川の落ち口はまだだろうか。」
 すると彗星の態度がガラリと変ってしまいました。
「へん。天の川の落ち口よりお前らの落ち口を見ろ。それ一《ひ》ぃ二《ふ》の三《み》。」
 彗星は尾を強く二三|遍《べん》動かしおまけにうしろをふり向いて青白い霧を烈《はげ》しくかけて二人を吹き落してしまいました。
 二人は青ぐろい虚空《こくう》をまっしぐらに落ちました。
 彗星は、
「あっはっは、あっはっは。さっきの誓いも何もかもみんな取り消しだ。ギイギイギイ、フウ。ギイギイフウ。」と云いながら向うへ走って行ってしまいました。二人は落ちながらしっかりお互《たがい》の肱《ひじ》をつかみました。この双子のお星様はどこ迄《まで》でも一緒に落ちようとしたのです。
 二人のからだが空気の中にはいってからは雷《かみなり》のように鳴り赤い火花がパチパチあがり見ていてさえめまいがする位でした。そして二人はまっ黒な雲の中を通り暗い波の咆《ほ》えていた海の中に矢のように落ち込みました。
 二人はずんずん沈《しず》みました。けれども不思議なことには水の中でも自由に息ができたのです。
 海の底はやわらかな泥《どろ》で大きな黒いものが寝《ね》ていたりもやもやの藻《も》がゆれたりしました。
 チュンセ童子が申しました。
「ポウセさん。ここは海の底でしょうね。もう僕《ぼく》たちは空に昇《のぼ》れません。これからどんな目に遭《あ》うでしょう。」
 ポウセ童子が云いました。
「僕らは彗星に欺《だま》されたのです。彗星は王さまへさえ偽《うそ》をついたのです。本当に憎《にく》いやつではありませんか。」
 するとすぐ足もとで星の形で赤い光の小さなひとでが申しました。
「お前さんたちはどこの海の人たちですか。お前さんたちは青いひとでのしるしをつけていますね。」
 ポウセ童子が云いました。
「私らはひとでではありません。星ですよ。」
 するとひとでが怒《おこ》って云いました。
「何だと。星だって。ひとではもとはみんな星さ。お前たちはそれじゃ今やっとここへ来たんだろう。何だ。それじゃ新米のひとでだ。ほやほやの悪党だ。悪いことをしてここへ来ながら星だなんて鼻にかけるのは海の底でははやらないさ。おいらだって空に居た時は第一等の軍人だぜ。」
 ポウセ童子が悲しそうに上を見ました。
 もう雨がやんで雲がすっかりなくなり海の水もまるで硝子《ガラス》のように静まってそらがはっきり見えます。天の川もそらの井戸も鷲《わし》の星や琴弾《ことひ》きの星やみんなはっきり見えます。小さく小さく二人のお宮も見えます。
「チュンセさん。すっかり空が見えます。私らのお宮も見えます。それだのに私らはとうとうひとでになってしまいました。」
「ポウセさん。もう仕方ありません。ここから空のみなさんにお別れしましょう。またおすがたは見えませんが王様におわびをしましょう。」
「王様さよなら。私共は今日からひとでになるのでございます。」
「王様さよなら。ばかな私共は彗星《ほうきぼし》に欺《だま》されました。今日からはくらい海の底の泥を私共は這《は》いまわります。」
「さよなら王様。又《また》天上の皆さま。おさかえを祈《いの》ります。」
「さよならみな様。又すべての上の尊い王さま、いつまでもそうしておいで下さい。」
 赤いひとでが沢山《たくさん》集って来て二人を囲んでがやがや云って居りました。
「こら着物をよこせ。」「こら。剣を出せ。」「税金を出せ。」「もっと小さくなれ。」「俺《おれ》の靴《くつ》をふけ。」
 その時みんなの頭の上をまっ黒な大きな大きなものがゴーゴーゴーと哮《ほ》えて通りかかりました。ひとではあわててみんなお辞儀《じぎ》をしました。黒いものは行き過ぎようとしてふと立ちどまってよく二人をすかして見て云いました。
「ははあ、新兵だな。まだお辞儀のしかたも習わないのだな。このくじら様を知らんのか。俺のあだなは海の彗星《ほうきぼし》と云うんだ。知ってるか。俺は鰯《いわし》のようなひょろひょろの魚やめだかの様なめくらの魚はみんなパクパク呑《の》んでしまうんだ。それから一番痛
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