っきの男も帰って娘もどこかに寝ているらしかった。「寝たのか、まだ明るぞ。起《お》きろ。」
 外ではまたはげしくどなった。
(ああこんなに眠《ねむ》らなくては明日の仕事《しごと》がひどい。)富沢は思いながら床《とこ》の間《ま》の方にいた斉田《さいた》を見た。
 斉田もはっきり目をあいていて低く鉱夫《こうふ》だなと云った。富沢は手をふって黙《だま》っていろと云った。こんなときものを云うのは老人にどうしても気の毒《どく》でたまらなかった。
 外ではいよいよ暴《あば》れ出した。とうとう娘が屏風《びょうぶ》の向《むこ》うで起きた。そして(酔ったぐれ、大きらいだ。)とどうやらこっちを見ながらわびるように誘《さそ》うようになまめかしく呟《つぶや》いた。そして足音もなく土間《どま》へおりて戸をあけた。外ではすぐしずまった。女はいろいろ細い声で訴《うった》えるようにしていた。男は酔《よ》っていないような声でみじかく何か訊《き》きかえしたりしていた。それから二人はしばらく押問答《おしもんどう》をしていたが間もなく一人ともつかず二人ともつかず家のなかにはいって来てわずかに着物《きもの》のうごく音などした。そ
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