誉村長だ。けれども仕方ない繩《なは》をかけ申せ。」署長はわくわくして云った。
「署長ご健勝で。」署員たちが向ふ鉢巻《はちまき》をしたり棍棒《こんぼう》をもったりしてかけ寄った。署長は痛いからだを室から出た。
「樽《たる》にみんな封印しろ。証拠品は小さな器具だけ、集めろ。その乳酸菌の培養も。うん。よろしい。いやどうもご苦労をねがひました。」署長は巡査部長に挨拶《あいさつ》した。
「お変りなくて結構です。いや本署でも大へん心配いたしました。おい。みんな外へ引っぱれ。」
 そしてもうぞろぞろみんなはイーハトヴ密造会社の工場を出たのだ。五分ののちこの変な行列があの番所の少し向ふを通ってゐた。
 署長は名誉村長とならんで歩いてゐた。
「今日は何日だ。」署長はふっとうしろを向いてシラトリ属にきいた。
「五日です。」
「あゝもうあの日から四日たってゐるなあ。ちょっとの間に木の芽が大きくなった。」
 署長はそらを見あげた。春らしいしめった白い雲が丘の山からぼおっと出てくろもじのにほひが風にふうっと漂って来た。
「あゝいゝ匂《にほひ》だな。」署長が云った。
「いゝ匂ですな。」名誉村長が云った。




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