上で戯談《じょうだん》半分酒造会社設立のことをおはなししたところ何だか大分本気らしいご挨拶《あいさつ》があったとね、で一つこの際こちらから技術員も出すから模範的なその造酒工場をその村ではじめてはどうだらう、原料も丁度そちらのは醸造に適してゐると思ふと斯《か》う吹っかけて見てじっと顔いろを見て呉れ給へ。きっと向ふが資本がありませんでと斯う云ふからね、そしたらどうでせう、半官半民風にやらうぢゃありませんかと斯うやって呉れ給へ。そしてその返事をもうせき一つまでよく覚え込んで帰って呉れ給へ。いますぐです。今日中に帰れるだらう、あしたは休んでもいゝから。」
「帰れます。」シラトリキキチ氏はしゃんと礼をして出て行きました。署長はもう一生けん命何かを考へ込んで昼飯さへ忘れる風でした。ひるすぎはそはそは窓に立ってシラトリ属の帰るのをいまかいまかと待ってゐました。
 ところがシラトリ属は夕方になっても帰りませんでした。
 署長はもうみんなも帰る時分だしと思って自分も一ぺん家へ帰るふりをして町をぐるっとまはりみんなが戻ったころまた役所へ来て小使に自分の室《へや》へ電燈をつけさせて待ってゐました。すると八時
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