そり持って行かれても大声で怒られない。煤《すす》だらけの天井裏にこさへて置いて取って帰って来るときは眼《め》をまっ赤にしてゐる。
 できあがった酒《もの》だって見られたざまぢゃない。どうせにごり酒だから濁ってゐるのはいゝとして酸っぱいのもある、甘いのもある、アイヌや生蕃《せいばん》にやってもまあご免|蒙《かうむ》りませうといふやうなのだ。そんなものはこの電燈時代の進歩した人類が呑むべきもんぢゃない。どうせやるならなぜもう少し大仕掛けに設備を整へて共同ででもやらないか。すべからく米も電気で研ぐべし、しぼるときには水圧機を使ふべし、乳酸菌を利用し、ピペット、ビーカー、ビュウレット立派な化学の試験器械を使って清潔に上等の酒をつくらないか。もっともその時は税金は出して貰《もら》ひたい。さう云ふふうにやるならばわれわれは実に歓迎する。技師やなんかの世話までして上げてもいゝ。こそこそ半分かうじのまゝの酒を三升つくって罰金を百円とられるよりは大びらでいゝ酒を七斗呑めよ。」
 まだまだずゐぶんひどく悪《にく》まれ口もきゝ耳の痛い筈なやうなことも云ひましたが誰も気持ち悪くする人はなく話が進めば進むほど、いよいよみんな愉快さうに顔を熱《ほて》らして笑ったり手を叩《たた》いたりしました。
 どうもをかしいどうもをかしい、どうもをかしいとみんなの顔つきをきょろきょろ見ながらその割合ざっくばらんの少しずるい税務署長が思ひました。税務署長の考ではうんと悪口を云ってどれ位赤くなって怒る人があるかを見て大体その村の濁密の数を勘定しようと云ふのでした。それがいけないやうでしたから今度はだんだんおどしにかゝって青くなる人を見てやらうと思ひました。
 ところがやっぱり面白さうに笑ひます。
 税務署長は気が気でなく卒倒しさうになって頭に手をあげました。
 全体こんなにおれの悪口をよろこんで笑ふのはみんなが一人も密造をしてゐないのか、それともおれの心底がわかってゐるのか、どうも気味が悪い、よしもう一つだけ山をかけて見ようと思って最後にコップの水を一口のんでできる丈《だ》け落ち着いて斯《か》う云ひました。
「正直を云ふとみんながどんなにこっそり濁密をやった所でおれの方ではちゃんとわかってゐる。この会衆の中にも七人のおれの方への密告者がまじってゐるのだ。」
 みんなはしいんとなりました。それからザアッと鳴りまし
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