らすはかけ戻りながら又叫びました。子どもはやつぱり起きあがらうとしてもがいてゐました。
「倒れておいで、ひゆう、だまつてうつむけに倒れておいで、今日はそんなに寒くないんだから凍やしない。」
雪童子は、も一ど走り抜けながら叫びました。子どもは口をびくびくまげて泣きながらまた起きあがらうとしました。
「倒れてゐるんだよ。だめだねえ。」雪童子は向ふからわざとひどくつきあたつて子どもを倒しました。
「ひゆう、もつとしつかりやつておくれ、なまけちやいけない。さあ、ひゆう」
雪婆んごがやつてきました。その裂けたやうに紫な口も尖《とが》つた歯もぼんやり見えました。
「おや、をかしな子がゐるね、さうさう、こつちへとつておしまひ。水仙月《すゐせんづき》の四日だもの、一人や二人とつたつていゝんだよ。」
「えゝ、さうです。さあ、死んでしまへ。」雪童子はわざとひどくぶつつかりながらまたそつと云ひました。
「倒れてゐるんだよ。動いちやいけない。動いちやいけないつたら。」
狼《おいの》どもが気ちがひのやうにかけめぐり、黒い足は雪雲の間からちらちらしました。
「さうさう、それでいゝよ。さあ、降らしておくれ。なまけちや承知しないよ。ひゆうひゆうひゆう、ひゆひゆう。」雪婆《ゆきば》んごは、また向ふへ飛んで行きました。
子供はまた起きあがらうとしました。雪童子《ゆきわらす》は笑ひながら、も一度ひどくつきあたりました。もうそのころは、ぼんやり暗くなつて、まだ三時にもならないに、日が暮れるやうに思はれたのです。こどもは力もつきて、もう起きあがらうとしませんでした。雪童子は笑ひながら、手をのばして、その赤い毛布《けつと》を上からすつかりかけてやりました。
「さうして睡《ねむ》つておいで。布団をたくさんかけてあげるから。さうすれば凍えないんだよ。あしたの朝までカリメラ[#「カリメラ」に丸傍点]の夢を見ておいで。」
雪わらすは同じとこを何べんもかけて、雪をたくさんこどもの上にかぶせました。まもなく赤い毛布も見えなくなり、あたりとの高さも同じになつてしまひました。
「あのこどもは、ぼくのやつたやどりぎをもつてゐた。」雪童子はつぶやいて、ちよつと泣くやうにしました。
「さあ、しつかり、今日は夜の二時までやすみなしだよ。ここらは水仙月《すゐせんづき》の四日なんだから、やすんぢやいけない。さあ、降らしておくれ。ひゆう、ひゆうひゆう、ひゆひゆう。」
雪婆んごはまた遠くの風の中で叫びました。
そして、風と雪と、ぼさぼさの灰のやうな雲のなかで、ほんたうに日は暮れ雪は夜ぢゆう降つて降つて降つたのです。やつと夜明けに近いころ、雪婆んごはも一度、南から北へまつすぐに馳《は》せながら云ひました。
「さあ、もうそろそろやすんでいゝよ。あたしはこれからまた海の方へ行くからね、だれもついて来ないでいいよ。ゆつくりやすんでこの次の仕度をして置いておくれ。ああまあいいあんばいだつた。水仙月の四日がうまく済んで。」
その眼は闇《やみ》のなかでをかしく青く光り、ばさばさの髪を渦巻かせ口をびくびくしながら、東の方へかけて行きました。
野はらも丘もほつとしたやうになつて、雪は青じろくひかりました。空もいつかすつかり霽《は》れて、桔梗《ききやう》いろの天球には、いちめんの星座がまたたきました。
雪童子らは、めいめい自分の狼《おいの》をつれて、はじめてお互|挨拶《あいさつ》しました。
「ずゐぶんひどかつたね。」
「ああ、」
「こんどはいつ会ふだらう。」
「いつだらうねえ、しかし今年中に、もう二へんぐらゐのもんだらう。」
「早くいつしよに北へ帰りたいね。」
「ああ。」
「さつきこどもがひとり死んだな。」
「大丈夫だよ。眠つてるんだ。あしたあすこへぼくしるしをつけておくから。」
「ああ、もう帰らう。夜明けまでに向ふへ行かなくちや。」
「まあいゝだらう。ぼくね、どうしてもわからない。あいつはカシオペーアの三つ星だらう。みんな青い火なんだらう。それなのに、どうして火がよく燃えれば、雪をよこすんだらう。」
「それはね、電気菓子とおなじだよ。そら、ぐるぐるぐるまはつてゐるだらう。ザラメがみんな、ふわふわのお菓子になるねえ、だから火がよく燃えればいゝんだよ。」
「ああ。」
「ぢや、さよなら。」
「さよなら。」
三人の雪童子《ゆきわらす》は、九疋《くひき》の雪狼《ゆきおいの》をつれて、西の方へ帰つて行きました。
まもなく東のそらが黄ばらのやうに光り、琥珀《こはく》いろにかゞやき、黄金《きん》に燃えだしました。丘も野原もあたらしい雪でいつぱいです。
雪狼どもはつかれてぐつたり座つてゐます。雪童子も雪に座つてわらひました。その頬《ほほ》は林檎《りんご》のやう、その息は百合《ゆり》のやうにかをりました。
ギラ
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