曜日を、一そう美しくしたのです。
 子どもは、やどりぎの枝をもつて、一生けん命にあるきだしました。
 けれども、その立派な雪が落ち切つてしまつたころから、お日さまはなんだか空の遠くの方へお移りになつて、そこのお旅屋で、あのまばゆい白い火を、あたらしくお焚《た》きなされてゐるやうでした。
 そして西北《にしきた》の方からは、少し風が吹いてきました。
 もうよほど、そらも冷たくなつてきたのです。東の遠くの海の方では、空の仕掛けを外したやうな、ちひさなカタツといふ音が聞え、いつかまつしろな鏡に変つてしまつたお日さまの面《めん》を、なにかちひさなものがどんどんよこ切つて行くやうです。
 雪童子《ゆきわらす》は革むちをわきの下にはさみ、堅く腕を組み、唇《くちびる》を結んで、その風の吹いて来る方をじつと見てゐました。狼《おいの》どもも、まつすぐに首をのばして、しきりにそつちを望みました。
 風はだんだん強くなり、足もとの雪は、さらさらさらさらうしろへ流れ、間もなく向ふの山脈の頂に、ぱつと白いけむりのやうなものが立つたとおもふと、もう西の方は、すつかり灰いろに暗くなりました。
 雪童子の眼は、鋭く燃えるやうに光りました。そらはすつかり白くなり、風はまるで引き裂くやう、早くも乾いたこまかな雪がやつて来ました。そこらはまるで灰いろの雪でいつぱいです。雪だか雲だかもわからないのです。
 丘の稜《かど》は、もうあつちもこつちも、みんな一度に、軋《きし》るやうに切るやうに鳴り出しました。地平線も町も、みんな暗い烟《けむり》の向ふになつてしまひ、雪童子の白い影ばかり、ぼんやりまつすぐに立つてゐます。
 その裂くやうな吼《ほ》えるやうな風の音の中から、
「ひゆう、なにをぐづぐづしてゐるの。さあ降らすんだよ。降らすんだよ。ひゆうひゆうひゆう、ひゆひゆう、降らすんだよ、飛ばすんだよ、なにをぐづぐづしてゐるの。こんなに急がしいのにさ。ひゆう、ひゆう、向ふからさへわざと三人連れてきたぢやないか。さあ、降らすんだよ。ひゆう。」あやしい声がきこえてきました。
 雪童子はまるで電気にかかつたやうに飛びたちました。雪婆《ゆきば》んごがやつてきたのです。
 ぱちつ、雪童子の革むちが鳴りました。狼《おいの》どもは一ぺんにはねあがりました。雪わらすは顔いろも青ざめ、唇《くちびる》も結ばれ、帽子も飛んでしまひました。
「ひゆう、ひゆう、さあしつかりやるんだよ。なまけちやいけないよ。ひゆう、ひゆう。さあしつかりやつてお呉《く》れ。今日はここらは水仙月《すゐせんづき》の四日だよ。さあしつかりさ。ひゆう。」
 雪婆んごの、ぼやぼやつめたい白髪《しらが》は、雪と風とのなかで渦になりました。どんどんかける黒雲の間から、その尖《とが》つた耳と、ぎらぎら光る黄金《きん》の眼も見えます。
 西の方の野原から連れて来られた三人の雪童子も、みんな顔いろに血の気もなく、きちつと唇を噛《か》んで、お互|挨拶《あいさつ》さへも交はさずに、もうつづけざませはしく革むちを鳴らし行つたり来たりしました。もうどこが丘だか雪けむりだか空だかさへもわからなかつたのです。聞えるものは雪婆《ゆきば》んごのあちこち行つたり来たりして叫ぶ声、お互の革鞭《かはむち》の音、それからいまは雪の中をかけあるく九疋《くひき》の雪狼どもの息の音ばかり、そのなかから雪童子《ゆきわらす》はふと、風にけされて泣いてゐるさつきの子供の声をききました。
 雪童子の瞳《ひとみ》はちよつとをかしく燃えました。しばらくたちどまつて考へてゐましたがいきなり烈《はげ》しく鞭をふつてそつちへ走つたのです。
 けれどもそれは方角がちがつてゐたらしく雪童子はずうつと南の方の黒い松山にぶつつかりました。雪童子は革むちをわきにはさんで耳をすましました。
「ひゆう、ひゆう、なまけちや承知しないよ。降らすんだよ、降らすんだよ。さあ、ひゆう。今日は水仙月《すゐせんづき》の四日だよ。ひゆう、ひゆう、ひゆう、ひゆうひゆう。」
 そんなはげしい風や雪の声の間からすきとほるやうな泣声がちらつとまた聞えてきました。雪童子はまつすぐにそつちへかけて行きました。雪婆んごのふりみだした髪が、その顔に気みわるくさはりました。峠の雪の中に、赤い毛布《けつと》をかぶつたさつきの子が、風にかこまれて、もう足を雪から抜けなくなつてよろよろ倒れ、雪に手をついて、起きあがらうとして泣いてゐたのです。
「毛布をかぶつて、うつ向けになつておいで。毛布をかぶつて、うつむけになつておいで。ひゆう。」雪童子は走りながら叫びました。けれどもそれは子どもにはただ風の声ときこえ、そのかたちは眼に見えなかつたのです。
「うつむけに倒れておいで。ひゆう。動いちやいけない。ぢきやむからけつとをかぶつて倒れておいで。」雪わ
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