鐘のかたちの飾り窓
そこらあたりで遊んでゐて
あの青ぐろい巨きなものを
はっきり樹だとおもったらうか
   ……樹は中ぞらの巻雲を
     二本ならんで航行する……
またその寛の名高い叔父
いま教授だか校長だかの
国士卓内先生も
この木を木だとおもったらうか
  洋服を着ても和服を着ても
  それが法衣《ころも》に見えるといふ
  鈴木卓内先生は
  この木を木だとおもったらうか
   ……樹は天頂の巻雲を
     悠々として通行する……
いまやまさしく地蔵堂の正面なので
二本の幹の間には
きゅうくつさうな九級ばかりの石段と
褪せた鳥居がきちんと嵌まり
樹にはいっぱいの雀の声
   ……青唐獅子のばけものどもは
     緑いろした気海の島と身を観じ
     そのたくさんの港湾を
     雀の発動機船に貸して
     ひたすら出離をねがふとすれば
     お地蔵さまはお堂のなかで
     半眼ふかく座ってゐる……
お堂の前の広場には
梢の影がつめたく落ちて
あちこちなまめく日射しの奥に
粘板岩の石碑もくらく
鷺もすだけば
こどものボールもひかってとぶ
[#改ページ]

  三二六
[#地付き]一九二五、四、二〇、

風が吹き風が吹き
残りの雪にも風が吹き
猫の眼をした神学士にも風が吹き
吹き吹き西の風が吹き
はんの木の房踊る踊る
偏光! 斜方錐! トランペット!
はんの木の花ゆれるゆれる
吹き吹き西の風が吹き
青い鉛筆にも風が吹き
かへりみられず棄てられた
頌歌訳詞のその憤懣にも風が吹き
はんの木の花をどるをどる
     (塩をたくさんたべ
      水をたくさん呑み
      塩をたくさんたべ
      水をたくさん呑み)
  東は青い銅のけむりと
  いちれつひかる雪の乱弾
吹き吹き西の風が吹き
レンズ! ヂーワン! グレープショット!
はんの雄花はこんどはしばらく振子になる
[#改ページ]

  三二七  清明どきの駅長
[#地付き]一九二五、四、二一、

こごりになった古いひばだの
盛りあがった松ばやしだの
いちどにさあっと青くかはる
かういふ清明どきはです
線路の砂利から紅い煉瓦のラムプ小屋から
いぢけて矮《ひく》い防雪林の杉並あたり
かげろふがもうたゞぎらぎらと湧きまして
沼気や酸を洗ふのです
  ……手袋はやぶけ
    肺臓はロヂウムから代填される……
また紺青の地平線から
六列展く電柱列に
碍子がごろごろ鳴りますと
汽車は触媒の白金を噴いて
線路に沿った黄いろな草地のカーペットを
ぶすぶす青く焼き込みながら
なかを走ってくるのです
[#改ページ]

  三三三  遠足統率
[#地付き]一九二五、五、七、

もうご自由に
ゆっくりごらんくださいと
大ていそんなところです
    そこには四本巨きな白楊《ドロ》が
    かがやかに日を分劃し
    わづかに風にゆれながら
    ぶつぶつ硫黄の粒を噴く
前にはいちいち案内もだし
博物館もありましたし
ひじゃうに待遇したもんですが
まい年どしどし押しかける
みんなはまるで無表情
向ふにしてもたまらんですな
    せいせいと東北東の風がふいて
    イーハトーヴの死火山は
    斧劈の皺を示してかすみ
    禾草がいちめんぎらぎらひかる
いつかも騎兵の斥候が
秣畑をあるいたので
誰かがちょっととがめたら
その次の日か一旅団
もうのしのしとやってきて
大演習をしたさうです
    鶯がないて
    花樹はときいろの焔をあげ
    から松の一聯隊は
    青く荒んではるかに消える
えゝもうけしきはいゝとこですが
冬に空気が乾くので
健康地ではないさうです
中学校の寄宿舎へ
ここから三人来てゐましたが
こどものときの肺炎で
みな演説をしませんでした
    七つ森ではつゝどりどもが
    いまごろ寝ぼけた機関銃
    こんどは一ぴき鶯が
    青い折線のグラフをつくる
あゝやって来たやっぱりひとり
まあご随意といふ方らしい
あ誰だ
電線へ石投げたのは
    くらい羊舎のなかからは
    顔ぢゅう針のささったやうな
    巨きな犬がうなってくるし
    井戸では紺の滑車が軋り
    蜜蜂がまたぐゎんぐゎん鳴る
     (イーハトーヴの死火山よ
      その水いろとかゞやく銀との襞ををさめよ)
[#改ページ]

  三三五
[#地付き]一九二五、五、一〇、

つめたい風はそらで吹き
黒黒そよぐ松の針

ここはくらかけ山の凄まじい谷の下で
雪ものぞけば
銀斜子の月も凍って
さはしぎどもがつめたい風を怒ってぶうぶう飛んでゐる
  しかもこの風の底の
  しづかな月夜のかれくさは
  みなニッケルのあまるがむで
  あちこち風致よくならぶものは
  ごくうつくしいりんごの木だ
  そんな木立のはるかなはてでは
  ガラスの鳥も軋ってゐる
さはしぎは北のでこぼこの地平線でもなき
わたくしは寒さにがたがたふるへる
  氷雨が降ってゐるのではない
  かしはがかれはを鳴らすのだ
[#改ページ]

  三三六  春谷暁臥
[#地付き]一九二五、五、一一、

酪塩のにほひが帽子いっぱいで
温く小さな暗室をつくり
谷のかしらの雪をかぶった円錐のなごり
水のやうに枯草《くさ》をわたる風の流れと
まっしろにゆれる朝の烈しい日光から
薄い睡酸を護ってゐる
  ……その雪山の裾かけて
    播き散らされた銅粉と
    あかるく亘る禁慾の天……
佐一が向ふに中学生の制服で
たぶんしゃっぽも顔へかぶせ
灌木藪をすかして射す
キネオラマ的ひかりのなかに
夜通しあるいたつかれのため
情操青く透明らしい
  ……コバルトガラスのかけらやこな!
    あちこちどしゃどしゃ抛げ散らされた
    安山岩の塊と
    あをあを燃える山の岩塩《しほ》……
ゆふべ凍った斜子《ななこ》の月を
茄子焼山からこゝらへかけて
夜通しぶうぶう鳴らした鳥が
いま一ぴきも翔けてゐず
しづまりかへってゐるところは
やっぱり餌をとるのでなくて
石竹いろの動因だった
  ……佐一もおほかたそれらしかった
    育牛部から山《やま》地へ抜けて
    放牧柵を越えたとき
    水銀いろのひかりのなかで
    杖や窪地や水晶や
    いろいろ春の象徴を
    ぼつりぼつりと拾ってゐた……
      (蕩児高橋亨一が
       しばし無雲の天に往き
       数の綏女とうち笑みて
       ふたたび地上にかへりしに
       この世のをみなみな怪《け》しく
       そのかみ帯びしプラチナと
       ひるの夢とを組みなせし
       鎖もわれにはなにかせんとぞ嘆きける)
    |羯阿[#「阿」は一段階小さな文字]迦《ぎゃあぎあ》 居る居る鳥が立派に居るぞ
    羯阿[#「阿」は一段階小さな文字]迦 まさにゆふべとちがった鳥だ
    羯阿[#「阿」は一段階小さな文字]迦 鳥とは青い紐である
    羯阿[#「阿」は一段階小さな文字]迦 二十八ポイント五!
    羯阿[#「阿」は一段階小さな文字]迦 二十七!
    羯阿[#「阿」は一段階小さな文字]迦 二十七!
はじめの方が声もたしかにみじかいのに
二十八ポイント五とはどういふわけだ
帽子をなげて眼をひらけ
もう二厘半だ
つめたい風がながれる
[#改ページ]

  三三七  国立公園候補地に関する意見
[#地付き]一九二五、五、一一、

どうですか この鎔岩流は
殺風景なもんですなあ
噴き出してから何年たつかは知りませんが
かう日が照ると空気の渦がぐらぐらたって
まるで大きな鍋ですな
いたゞきの雪もあをあを煮えさうです
まあパンをおあがりなさい
いったいこゝをどういふわけで、
国立公園候補地に
みんなが運動せんですか
いや可能性
それは充分ありますよ
もちろん山をぜんたいです
うしろの方の火口湖 温泉 もちろんですな
鞍掛山もむろんです
ぜんたい鞍掛山はです
Ur−Iwate とも申すべく
大地獄よりまだ前の
大きな火口のへりですからな
さうしてこゝは特に地獄にこしらへる
愛嬌たっぷり東洋風にやるですな
鎗のかたちの赤い柵
枯木を凄くあしらひまして
あちこち花を植ゑますな
花といってもなんですな
きちがひなすび まむしさう
それから黒いとりかぶとなど、
とにかく悪くやることですな
さうして置いて、
世界中から集った
猾るいやつらや悪どいやつの
頭をみんな剃ってやり
あちこち石で門を組む
死出の山路のほととぎす
三途の川のかちわたし
六道の辻
えんまの庁から胎内くぐり
はだしでぐるぐるひっぱりまはし
それで罪障消滅として
天国行きのにせ免状を売りつける
しまひはそこの三つ森山で
交響楽をやりますな
第一楽章 アレグロブリオははねるがごとく
第二楽章 アンダンテ やゝうなるがごとく
第三楽章 なげくがごとく
第四楽章 死の気持ち
よくあるとほりはじめは大へんかなしくて
それからだんだん歓喜になって
最後は山のこっちの方へ
野砲を二門かくして置いて
電気でずどんと実弾をやる
Aワンだなと思ったときは
もうほんものの三途の川へ行ってるですな
ところがこゝで予習をつんでゐますから
誰もすこしもまごつかない またわたくしもまごつかない
さあパンをおあがりなさい
向ふの山は七時雨
陶器に描いた藍の絵で
あいつがつまり背景ですな
[#改ページ]

  三四〇
[#地付き]一九二五、五、二五、

あちこちあをじろく接骨木《にはとこ》が咲いて
鬼ぐるみにもさはぐるみにも
青だの緑金だの
まばゆい巨きな房がかかった


そらでは春の爆鳴銀が
甘ったるいアルカリイオンを放散し
鷺やいろいろな鳥の紐が
ぎゅっぎゅっ乱れて通ってゆく


ぼんやりけぶる紫雲英の花簇と
茂らうとして
まづ赭く灼けた芽をだす桂の木
[#改ページ]

  三四五
[#地付き]一九二五、五、三一、

Largo や青い雲|※[#「さんずい+鶲のへん」、第4水準2−79−5]《かげ》やながれ
くゎりんの花もぼそぼそ暗く燃えたつころ
   延びあがるものあやしく曲り惑むもの
   あるいは青い蘿をまとふもの
風が苗代の緑の氈と
はんの木の葉にささやけば
馬は水けむりをひからせ
こどもはマオリの呪神のやうに
小手をかざしてはねあがる
   ……あまずっぱい風の脚
     あまずっぱい風の呪言……
くゎくこうひとつ啼きやめば
遠くではまたべつのくゎくこう
   ……畦はたびらこきむぽうげ
     また田植花くすんで赭いすいばの穂……
つかれ切っては泥を一種の飴ともおもひ
水をぬるんだ汁ともおもひ
またたくさんの銅のラムプが
畔で燃えるとかんがへながら
またひとまはりひとまはり
鉛のいろの代を掻く
   ……たてがみを
     白い夕陽にみだす馬
     その親に肖たうなじを垂れて
     しばらく畦の草食ふ馬……
檜葉かげろへば
赤楊の木鋼のかゞみを吊し
こどもはこんどは悟空を気取り
黒い衣裳の両手をひろげ
またひとしきり燐酸をまく
   ……ひらめくひらめく水けむり
     はるかに遷る風の裾……
湿って桐の花が咲き
そらの玉髄しづかに焦げて盛りあがる
[#改ページ]

  三五〇  図案下書
[#地付き]一九二五、六、八、

高原《はら》の上から地平線まで
あをあをとそらはぬぐはれ
ごりごり黒い樹の骨傘は
そこいっぱいに
藍燈と瓔珞を吊る

  〔Ich bin der Juni, der Ju:ngste.〕

小さな億千のアネモネの旌は
野原いちめん
つやつやひかって風に流れ
葡萄酒いろのつりがねは
かすかにりんりんふるへてゐる

漆づくりの熊蟻どもは
黒いポールをかざしたり
キチンの斧を鳴らしたり
せはしく夏の演習をやる

白い二疋の磁製の鳥が
ごくぎこちなく飛んできて
いきなり宙にならんで停り
がち
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