つあって
地輪峠水輪峠空輪峠といふのだらうと
たったいままで思ってゐた
地図ももたずに来たからな
   そのまちがった五つの峯が
   どこかの遠い雪ぞらに
   さめざめ青くひかってゐる
   消えようとしてまたひかる
このわけ方はいゝんだな
物質全部を電子に帰し
電子を真空異相といへば
いまとすこしもかはらない
   宇部五右衛門が目をつむる
   宇部五右衛門の意識はない
   宇部五右衛門の霊もない
   けれどももしも真空の
   こっちの側かどこかの側で
   いままで宇部五右衛門が
   これはおれだと思ってゐた
   さういふやうな現象が
   ぽかっと万一起るとする
   そこにはやっぱり類似のやつが
   これがおれだとおもってゐる
   それがたくさんあるとする
   互ひにおれはおれだといふ
   互ひにあれは雲だといふ
   互ひにこれは土だといふ
   さういふことはなくはない
   そこには別の五輪の塔だ
あ何だあいつは
     いま前に展く暗いものは
     まさしく北上の平野である
     薄墨いろの雲につらなり
     酵母の雲に朧ろにされて
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