木《にはとこ》が咲いて
鬼ぐるみにもさはぐるみにも
青だの緑金だの
まばゆい巨きな房がかかった


そらでは春の爆鳴銀が
甘ったるいアルカリイオンを放散し
鷺やいろいろな鳥の紐が
ぎゅっぎゅっ乱れて通ってゆく


ぼんやりけぶる紫雲英の花簇と
茂らうとして
まづ赭く灼けた芽をだす桂の木
[#改ページ]

  三四五
[#地付き]一九二五、五、三一、

Largo や青い雲|※[#「さんずい+鶲のへん」、第4水準2−79−5]《かげ》やながれ
くゎりんの花もぼそぼそ暗く燃えたつころ
   延びあがるものあやしく曲り惑むもの
   あるいは青い蘿をまとふもの
風が苗代の緑の氈と
はんの木の葉にささやけば
馬は水けむりをひからせ
こどもはマオリの呪神のやうに
小手をかざしてはねあがる
   ……あまずっぱい風の脚
     あまずっぱい風の呪言……
くゎくこうひとつ啼きやめば
遠くではまたべつのくゎくこう
   ……畦はたびらこきむぽうげ
     また田植花くすんで赭いすいばの穂……
つかれ切っては泥を一種の飴ともおもひ
水をぬるんだ汁ともおもひ
またたくさんの銅のラムプが
畔で燃えるとかんがへながら
またひとまはりひとまはり
鉛のいろの代を掻く
   ……たてがみを
     白い夕陽にみだす馬
     その親に肖たうなじを垂れて
     しばらく畦の草食ふ馬……
檜葉かげろへば
赤楊の木鋼のかゞみを吊し
こどもはこんどは悟空を気取り
黒い衣裳の両手をひろげ
またひとしきり燐酸をまく
   ……ひらめくひらめく水けむり
     はるかに遷る風の裾……
湿って桐の花が咲き
そらの玉髄しづかに焦げて盛りあがる
[#改ページ]

  三五〇  図案下書
[#地付き]一九二五、六、八、

高原《はら》の上から地平線まで
あをあをとそらはぬぐはれ
ごりごり黒い樹の骨傘は
そこいっぱいに
藍燈と瓔珞を吊る

  〔Ich bin der Juni, der Ju:ngste.〕

小さな億千のアネモネの旌は
野原いちめん
つやつやひかって風に流れ
葡萄酒いろのつりがねは
かすかにりんりんふるへてゐる

漆づくりの熊蟻どもは
黒いポールをかざしたり
キチンの斧を鳴らしたり
せはしく夏の演習をやる

白い二疋の磁製の鳥が
ごくぎこちなく飛んできて
いきなり宙にならんで停り
がちんと嘴をぶっつけて
またべつべつに飛んで行く

ひとすぢつめたい南の風が
なにかあやしいかをりを運び
その高原の雲のかげ
青いベールの向ふでは
もうつゝどりもうぐひすも
ごろごろごろごろ鳴いてゐる
[#改ページ]

  二五八  渇水と座禅
[#地付き]一九二五、六、一二、

にごって泡だつ苗代の水に
一ぴきのぶりき色した鷺の影が
ぼんやりとして移行しながら
夜どほしの蛙の声のまゝ
ねむくわびしい朝間になった
さうして今日も雨はふらず
みんなはあっちにもこっちにも
植ゑたばかりの田のくろを
じっとうごかず座ってゐて
めいめい同じ公案を
ここで二昼夜商量する……
栗の木の下の青いくらがり
ころころ鳴らす樋《ドヒ》の上に
出羽三山の碑をしょって
水下ひと目に見渡しながら
遅れた稲の活着の日数
分蘖の日数出穂の時期を
二たび三たび計算すれば
石はつめたく
わづかな雲の縞が冴えて
西の岩鐘一列くもる
[#改ページ]

  三六六  鉱染とネクタイ
[#地付き]一九二五、七、一九、

蠍の赤眼が南中し
くはがたむしがうなって行って
房や星雲の附属した
青じろい浄瓶星座がでてくると
そらは立派な古代意慾の曼陀羅になる
  ……峡いっぱいに蛙がすだく……
     (こゝらのまっくろな蛇紋岩には
      イリドスミンがはひってゐる)
ところがどうして
空いちめんがイリドスミンの鉱染だ
世界ぜんたいもうどうしても
あいつが要ると考へだすと
  ……虹のいろした野風呂の火……
南はきれいな夜の飾窓《ショーウヰンドウ》
蠍はひとつのまっ逆さまに吊るされた、
夏ネクタイの広告で
落ちるかとれるか
とにかくそいつがかはってくる
赤眼はくらいネクタイピンだ
[#改ページ]

  三六八  種山ヶ原
[#地付き]一九二五、七、一九、

まっ青に朝日が融けて
この山上の野原には
濃艶な紫いろの
アイリスの花がいちめん
靴はもう露でぐしゃぐしゃ
図板のけいも青く流れる
ところがどうもわたくしは
みちをちがへてゐるらしい
ここには谷がある筈なのに
こんなうつくしい広っぱが
ぎらぎら光って出てきてゐる
山鳥のプロペラアが
三べんもつゞけて立った
さっきの霧のかかった尾根は
たしかに地図のこの尾根だ
溶け残ったパラフ※[#小書き片仮名ヰ、515−2]ンの霧が
底によどんでゐた、谷は、
たしかに地図の
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