ールタービン》で
早くも春の雷気を鳴らし
鞘翅発電機《ダイナモコレオプテラ》をもって
愴たる夜中のねむけをふるはせ
むら気な十の電圧計や
もっと多情な電流計で
鉛直フズリナ配電盤に
交通地図の模型をつくり
大トランスの六つから
三万ボルトのけいれんを
塔の初号に連結すれば
幾列の清冽な電燈は
青じろい風や川をわたり
まっ黒な工場の夜の屋根から
赤い傘、火花の雲を噴きあげる
[#改ページ]
五一一
[#地付き]一九二五、四、二、
……はつれて軋る手袋と
盲ひ凍えた月の鉛……
県道《みち》のよごれた凍《し》み雪が
西につゞいて氷河に見え
畳んでくらい丘丘を
春のキメラがしづかに翔ける
……眼に象って
かなしいその眼に象って……
北で一つの松山が
重く澱んだ夜なかの雲に
肩から上をどんより消され
黒い地平の遠くでは
何か玻璃器を軋らすやうに
鳥がたくさん啼いてゐる
……眼に象って
泪をたゝへた眼に象って……
丘いちめんに風がごうごう吹いてゐる
ところがこゝは黄いろな芝がぼんやり敷いて
笹がすこうしさやぐきり
たとへばねむたい空気の沼だ
かういふひそかな空気の沼を
板やわづかの漆喰から
正方体にこしらへあげて
ふたりだまって座ったり
うすい緑茶をのんだりする
どうしてさういふやさしいことを
卑しむこともなかったのだ
……眼に象って
かなしいあの眼に象って……
あらゆる好意や戒めを
それが安易であるばかりに
ことさら嘲けり払ったあと
ここには乱れる憤りと
病ひに移化する困憊ばかり
……鳥が林の裾の方でも鳴いてゐる……
……霰か氷雨を含むらしい
黒く珂質の雲の下
三郎沼の岸からかけて
夜なかの巨きな林檎の樹に
しきりに鳴きかふ磁製の鳥だ……
(わたくしのつくった蝗を見てください)
(なるほどそれは
ロッキー蝗といふふうですね
チョークでへりを隈どった
黒の模様がおもしろい
それは一疋だけ見本ですね)
おゝ月の座の雲の銀
巨きな喪服のやうにも見える
[#改ページ]
五一五 朝餐
[#地付き]一九二五、四、五、
苔に座ってたべてると
麦粉と塩でこしらへた
このまっ白な鋳物の盤の
何と立派でおいしいことよ
裏にはみんな曲った松を浮き出して、
表は点の括り字で「大」といふ字を鋳出してある
この大の字はこのせんべいが大きいといふ広告なのか
あの人の名を大蔵とでも云ふのだらうか
さうでなければどこかで買った古型だらう
たしかびっこをひいてゐた
発破で足をけがしたために
生れた村の入口で
せんべいなどを焼いてくらすといふこともある
白銅一つごくていねいに受けとって
がさがさこれを数へてゐたら
赤髪のこどもがそばから一枚くれといふ
人は腹ではくつくつわらひ
顔はしかめてやぶけたやつを見附けてやった
林は西のつめたい風の朝
頭の上にも曲った松がにょきにょき立って
白い小麦のこのパンケーキのおいしさよ
競馬の馬がはうれん草を食ふやうに
アメリカ人がアスパラガスを喰ふやうに
すきとほった風といっしょにむさぼりたべる
こんなのをこそ speisen とし云ふべきだ
……雲はまばゆく奔騰し
野原の遠くで雷が鳴る……
林のバルサムの匂を呑み
あたらしいあさひの蜜にすかして
わたくしはこの終りの白い大の字を食ふ
[#改ページ]
五一九 春
[#地付き]一九二五、四、一二、
烈しいかげろふの波のなかを、
紺の麻着た肩はゞひろいわかものが
何かゆっくりはぎしりをして行きすぎる、
どこかの愉快な通商国へ
挨拶をしに出掛けるとでもいふ風だ
……あをあを燃える山の雪……
かれくさもゆれ笹もゆれ
こんがらかった遠くの桑のはたけでは
煙の青い lento もながれ
崖の上ではこどもの凧の尾もひかる
……ひばりの声の遠いのは
そいつがみんな
かげろふの行く高いところで啼くためだ……
ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっはぎしりをして
ひとは林にはひって行く
[#改ページ]
五二〇
[#地付き]一九二五、四、一八、
地蔵堂の五本の巨杉《すぎ》が
まばゆい春の空気の海に
もくもくもくもく盛りあがるのは
古い怪《け》性の青唐獅子の一族が
ここで誰かの呪文を食って
仏法守護を命ぜられたといふかたち
……地獄のまっ黒けの花椰菜め!
そらをひっかく鉄の箒め!……
地蔵堂のこっちに続き
さくらもしだれの柳も匝《めぐ》る
風にひなびた天台|寺《でら》は
悧発で純な三年生の寛の家
寛がいまより小さなとき
鉛いろした障子だの
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