んもり暗い松山だのか
……ベルが鳴ってるよう……
向日葵の花のかはりに
電燈が三つ咲いてみたり
灌漑水《みづ》や肥料の不足な分で
温泉町ができてみたりだ
……ムーンディーアサンディーアだい……
巨きな雲の欠刻
……いっぱいにあかりを載せて電車がくる……
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九〇 風と反感
[#地付き]一九二五、二、一四、
狐の皮なぞのっそり巻いて
そんなをかしな反感だか何だか
真鍮いろの皿みたいなものを
風のなかからちぎって投げてよこしても
ごらんのとほりこっちは雪の松街道を
急いで出掛けて行くのだし
墓地にならんだ赭いひのきも見てゐるのだし
とてもいちいち受けつけてゐるひまがない
ははん
まちのうへのつめたいそらに
くろいけむりがながれるながれる
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四一〇 車中
[#地付き]一九二五、二、一五、
ばしゃばしゃした狸の毛を耳にはめ
黒いしゃっぽもきちんとかぶり
まなこにうつろの影をうかべ
……肥った妻と雪の鳥……
凜として
ここらの水底の窓ぎはに腰かけてゐる
ひとりの鉄道工夫である
……風が水より稠密で
水と氷は互に遷る
稲沼原の二月ころ……
なめらかででこぼこの窓硝子は
しろく澱んだ雪ぞらと
ひょろ長い松とをうつす
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四一一 未来圏からの影
[#地付き]一九二五、二、一五、
吹雪《フキ》はひどいし
けふもすさまじい落磐
……どうしてあんなにひっきりなし
凍った汽笛《フエ》を鳴らすのか……
影や恐ろしいけむりのなかから
蒼ざめてひとがよろよろあらはれる
それは氷の未来圏からなげられた
戦慄すべきおれの影だ
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四一五
[#地付き]一九二五、二、一五、
暮れちかい
吹雪の底の店さきに
萌黄いろしたきれいな頸を
すなほに伸ばして吊り下げられる
小さないちはの家鴨の子
……屠者はおもむろに呪し
鮫の黒肉《み》はわびしく凍る……
風の擦過の向ふでは
にせ巡礼の鈴の音
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四一九 奏鳴的説明
[#地付き]一九二五、二、一五、
雲もぎらぎらにちぢれ
木が還《げん》照のなかから生えたつとき
翻へったり砕けたり或は全い空明を示したり
吹雪はかがやく流沙のごとくに
地平はるかに移り行きます
それはあやしい火にさへなって
ひとびとの視官を眩惑いたします
或は燃えあがるボヘミヤの玻璃
すさまじき光と風との奏鳴者
そも氷片にまた趨光の性あるか
はた天球の極を索むる泳動か
そらのフラスコ、
四万アールの散乱質は
旋る日脚に従って
地平はるかに遷り行きます
その風の脚
まばゆくまぶしい光のなかを
スキップといふかたちをなして
一の黒影こなたへ来れば
いまや日は乱雲に落ち
そのへりは烈しい鏡を示します
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五〇四
[#地付き]一九二五、四、二、
硫黄いろした天球を
煤けた雲がいくきれか翔け
肥料倉庫の亜鉛の屋根で
鳥がするどくひるがへる
最後に湿った真鍮を
二きれ投げて日は沈み
おもちゃのやうな小さな汽車は
教師や技手を四五人乗せて
東の青い古生山地に出発する
……大豆《まめ》の玉負ふその人に
希臘古聖のすがたあり……
積まれて酸える枕木や
けむりのなかの赤いシグナル
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五〇六
[#地付き]一九二五、四、二、
そのとき嫁いだ妹に云ふ
十三もある昴の星を
汗に眼を蝕まれ
あるいは五つや七つと数へ
或いは一つの雲と見る
老いた野原の師父たちのため
老いと病ひになげいては
その子と孫にあざけられ
死にの床では誰ひとり
たゞ安らかにその道を
行けと云はれぬ嫗のために
……水音とホップのかをり
青ぐらい峡の月光……
おまへのいまだに頑是なく
赤い毛糸のはっぴを着せた
まなこつぶらな童子をば
舞台の雪と青いあかりにしばらく貸せと
……ほのかにしろい並列は
達曾部川の鉄橋の脚……
そこではしづかにこの国の
古い和讃の海が鳴り
地蔵菩薩はそのかみの、
母の死による発心を、
眉やはらかに物がたり
孝子は誨へられたるやうに
無心に両手を合すであらう
(菩薩威霊を仮したまへ)
ぎざぎざの黒い崖から
雪融の水が崩れ落ち
種山あたり雲の蛍光
雪か雲かの変質が
その高原のしづかな頂部で行はれる
……まなこつぶらな童子をば
しばらくわれに貸せといふ……
いまシグナルの暗い青燈
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五〇八 発電所
[#地付き]一九二五、四、二、
鈍った雪をあちこち載せる
鉄やギャプロの峯の脚
二十日の月の錫のあかりを
わづかに赤い落水管と
ガラスづくりの発電室と
……また余水吐の青じろい滝……
くろい蝸牛水車《スネ
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