い+鶲のへん」、第4水準2−79−5]《くも》りのやう
……さむくねむたいひるのやすみ……
そこには暗い乱積雲が
古い洞窟人類の
方向のない Libido の像を
肖顔のやうにいくつか掲げ
そのこっちではひばりの群が
いちめん漂ひ鳴いてゐる
……さむくねむたい光のなかで
古い戯曲の女主人公《ヒロイン》が
ひとりさびしくまことをちかふ……
氷と藍との東橄欖山地から
つめたい風が吹いてきて
つぎからつぎと水路をわたり
またあかしやの棘ある枝や
すがれの禾草を鳴らしたり
三本立ったよもぎの茎で
ふしぎな曲線《カーヴ》を描いたりする
(eccolo qua!)
風を無数の光の点が浮き沈み
乱積雲の群像は
いまゆるやかに北へながれる
[#改ページ]
三五 測候所
[#地付き]一九二四、四、六、
シャーマン山の右肩が
にはかに雪で被はれました
うしろの方の高原も
をかしな雲がいっぱいで
なんだか非常に荒れて居ります
……凶作がたうとう来たな……
杉の木がみんな茶いろにかはってしまひ
わたりの鳥はもう幾むれも落ちました
……炭酸表をもってこい……
いま雷が第六圏で鳴って居ります
公園はいま
町民たちでいっぱいです
[#改ページ]
四〇 烏
[#地付き]一九二四、四、六、
水いろの天の下
高原の雪の反射のなかを
風がすきとほって吹いてゐる
茶いろに黝んだからまつの列が
めいめいにみなうごいてゐる
烏が一羽菫外線に灼けながら
その一本の異状に延びた心にとまって
ずゐぶん古い水いろの夢をおもひださうとあせってゐる
風がどんどん通って行けば
木はたよりなくぐらぐらゆれて
烏は一つのボートのやうに
……烏もわざとゆすってゐる……
冬のかげろふの波に漂ふ
にもかかはらずあちこち雪の彫刻が
あんまりひっそりしすぎるのだ
[#改ページ]
四五 海蝕台地
[#地付き]一九二四、四、六、
日がおしまひの六分圏《セキスタント》にはひってから
そらはすっかり鈍くなり
台地はかすんではてない意慾の海のやう
……かなしくもまたなつかしく
斎時の春の胸を噛む
見惑塵思の海のいろ……
そこには波がしらの模様に雪ものこれば
いくつものからまつばやしや谷は
粛々起伏をつゞけながら
あえかなそらのけむりにつゞく
……それはひとつの海蝕台地
古い劫《カルパ》の紀念碑である……
たよりなくつけられたそのみちをよぢ
憔悴苦行の梵土をまがふ
坎※[#「土へん+可」、第3水準1−15−40]な高原住者の隊が
一れつ蔭いろの馬をひいて
つめたい宙のけむりに消える
[#改ページ]
四六 山火
[#地付き]一九二四、四、六、
血紅の火が
ぼんやり尾根をすべったり
またまっ黒ないたゞきで
奇怪な王冠のかたちをつくり
焔の舌を吐いたりすれば
瑪瑙の針はげしく流れ
陰気な柳の髪もみだれる
……けたたましくも吠え立つ犬と
泥灰岩《マール》の崖のさびしい反射……
或いはコロナや破けた肺のかたちに変る
この恐ろしい巨きな夜の華の下
(夫子夫子あなたのお目も血に染みました)
酔って口口罵りながら
村びとたちが帰ってくる
[#改ページ]
五二 嬰児
[#地付き]一九二四、四、一〇、
なにいろをしてゐるともわからない
ひろぉいそらのひととこで
縁《へり》のまばゆい黒雲が
つぎからつぎと爆発される
(そらたんぽぽだ
しっかりともて)
それはひとつづついぶった太陽の射面を過ぎて
いっぺんごとにおまへを青くかなしませる
……そんなら雲がわるいといって
雲なら風に消されたり
そのときどきにひかったり
たゞそのことが雲のこころといふものなのだ……
そしてひとでもおんなじこと
鳥は矢羽のかたちになって
いくつも杉の梢に落ちる
[#改ページ]
五三 休息
[#地付き]一九二四、四、一〇、
風はうしろの巨きな杉や
わたくしの黄いろな仕事着のえりを
つぎつぎ狼の牙にして過ぎるけれども
わたくしは白金の百合のやうに
……三本鍬の刃もふるへろ……
ほのかにねむることができる
[#改ページ]
六九
[#地付き]一九二四、四、一九、
どろの木の下から
いきなり水をけたてて
月光のなかへはねあがったので
狐かと思ったら
例の原始の水きねだった
横に小さな小屋もある
粟か何かを搗くのだらう
水はたうたうと落ち
ぼそぼそ青い火を噴いて
きねはだんだん下りてゐる
水を落してまたはねあがる
きねといふより一つの舟だ
舟といふより一つのさじだ
ぼろぼろ青くまたやってゐる
どこかで鈴が鳴ってゐる
丘も峠もひっそりとして
そこらの草は
前へ
次へ
全27ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング