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  三二四  郊外
[#地付き]一九二四、一〇、二九、

卑しくひかる乱雲が
ときどき凍った雨をおとし
野原は寒くあかるくて
水路もゆらぎ
穂のない粟の塔も消される
    鷹は鱗を片映えさせて
    まひるの雲の下底をよぎり
    ひとはちぎれた海藻を着て
    煮られた塩の魚《さかな》をおもふ
西はうづまく風の縁《へり》
紅くたゞれた錦の皺を
つぎつぎ伸びたりつまづいたり
乱積雲のわびしい影が
まなこのかぎり南へ滑り
山の向ふの秋田のそらは
かすかに白い雲の髪
    毬をかゝげた二本杉
    七庚申の石の塚
たちまち山の襞いちめんを
霧が火むらに燃えたてば
江釣子森の松むらばかり
黒々として溶け残り
人はむなしい幽霊写真
たゞぼんやりと風を見送る
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  三一三  命令
[#地付き]一九二四、一一、二、

マイナス第一中隊は
午前一時に露営地を出発し
現在の松並木を南方に前進して
向ふの、
あの、
そら、
あの黒い特立樹の尖端から
右方指二本の緑の星、
あすこの泉地を経過して
市街のコロイダーレな照明を攻撃せよ
 第一小隊長
 きさまは途中の行軍中、
 そらのねむけを噛みながら行け
それから市街地近傍の、
並木に沿った沼沢には
睡蓮や蓴菜
いろいろな燐光が出没するけれども
すこしもそれにかまってはならない
いいか わかったか
命令 終り
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  三〇五
[#地付き]一九二四、一一、一〇、

その洋傘《かさ》だけでどうかなあ
虹の背後《うしろ》が青く暗くて怪《をか》しいし
そのまた下があんなまっ赤な山と谷
  ……こんもりと松の籠《こも》った岩の鐘……
日にだまされてでかけて行くと
シャツの底まで凍ってしまふ
  ……建物中の玻璃《ガラス》の窓が
    みんないちどにがたがた鳴って
    林はまるで津波のやう……
ああもう向ふで降ってゐる
へんにはげしく光ってゐる
どうも雨ではないらしい
  ……もうそこらへもやってくる
    まっ赤な山もだんだんかくれ
    木の葉はまるで鼠のやうに
    ぐらぐら東へ流される……
それに上には副虹だ
あの副虹のでるときが
いちばん胸にわるいんだ
  ……ロンドンパープルやパリスグリン
    あらゆる毒剤のにほひを盛って
    青い弧《アーク》を虚空《そら》
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