ゐます
やすんでこゝらをながめてゐます
ずうっと遠くの崩れる風のあたりでは
草の実を啄むやさしい鳥が
かすかにごろごろ鳴いてゐます
このとき銀いろのけむりを吐き
こゝらの空気を楔のやうに割きながら
急行列車が出て来ます
ずゐぶん早く走るのですが
車がみんなまはってゐるのは見えますので
さっきの頬の赤いはだしの子どもは
稲草の縄をうしろでにもって
汽車の足だけ見て居ます
その行きすぎた黒い汽車を
この国にむかしから棲んでゐる
三本鍬をかついだ巨きな人が
にがにが笑ってじっとながめ
それからびっこをひきながら
線路をこっちへよこぎって
いきなりぽっかりなくなりますと
あとはまた水がころころ鳴って
馬がもりもり噛むのです
[#改ページ]
一〇六
[#地付き]一九二四、五、一八、
日はトパースのかけらをそゝぎ
雲は酸敗してつめたくこごえ
ひばりの群はそらいちめんに浮沈する
(おまへはなぜ立ってゐるか
立ってゐてはいけない
沼の面にはひとりのアイヌものぞいてゐる)
一本の緑天鵞絨の杉の古木が
南の風にこごった枝をゆすぶれば
ほのかに白い昼の蛾は
そのたよりない気岸の線を
さびしくぐらぐら漂流する
(水は水銀で
風はかんばしいかをりを持ってくると
さういふ型の考へ方も
やっぱり鬼神の範疇である)
アイヌはいつか向ふへうつり
蛾はいま岸の水ばせうの芽をわたってゐる
[#改ページ]
一一六 津軽海峡
[#地付き]一九二四、五、一九、
南には黒い層積雲の棚ができて
二つの古びた緑青いろの半島が
こもごもひるの疲れを払ふ
……しばしば海霧を析出する
二つの潮の交会点……
波は潜まりやきらびやかな点々や
反覆される異種の角度の正反射
あるいは葱緑と銀との縞を織り
また錫病と伯林青《プルシャンブルウ》
水がその七いろの衣裳をかへて
朋に誇ってゐるときに
……喧《かしま》びやしく澄明な
東方風の結婚式……
船はけむりを南にながし
水脈は凄美な砒素鏡になる
早くも北の陽ざしの中に
蝦夷の陸地の起伏をふくみ
また雨雲の渦巻く黒い尾をのぞむ
[#改ページ]
一一八 函館港春夜光景
[#地付き]一九二四、五、一九、
地球照ある七日の月が、
海峡の西にかかって、
岬の黒い山々
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