が
雲をかぶってたゝずめば、
そのうら寒い螺鈿の雲も、
またおぞましく呼吸する
そこに喜歌劇オルフィウス風の、
赤い酒精を照明し、
妖蠱奇怪な虹の汁をそゝいで、
春と夏とを交雑し
水と陸との市場をつくる
……………………きたわいな
つじうらはっけがきたわいな
ヲダルハコダテガスタルダイト、
ハコダテネムロインディコライト
マヲカヨコハマ船燈みどり、
フナカハロモエ汽笛は八時
うんとそんきのはやわかり、
かいりくいっしょにわかります
海ぞこのマクロフィスティス群にもまがふ、
巨桜の花の梢には、
いちいちに氷質の電燈を盛り、
朱と蒼白のうっこんかうに、
海百合の椀を示せば
釧路地引の親方連は、
まなじり遠く酒を汲み、
魚の歯したワッサーマンは、
狂ほしく灯影を過ぎる
……五ぐゎつははこだてこうゑんち、
えんだんまちびとねがひごと、
うみはうちそと日本うみ、
れうばのあたりもわかります……
夜ぞらにふるふビオロンと銅鑼、
サミセンにもつれる笛や、
繰りかへす螺のスケルツォ
あはれマドロス田谷力三は、
ひとりセビラの床屋を唱ひ、
高田正夫はその一党と、
紙の服着てタンゴを踊る
このとき海霧《ガス》はふたたび襲ひ
はじめは翔ける火蛋白石や
やがては丘と広場をつゝみ
月長石の映えする雨に
孤光わびしい陶磁とかはり、
白のテントもつめたくぬれて、
紅蟹まどふバナナの森を、
辛くつぶやくクラリオネット
風はバビロン柳をはらひ、
またときめかす花梅のかをり、
青いえりしたフランス兵は
桜の枝をさゝげてわらひ
船渠会社の観桜団が
瓶をかざして広場を穫れば
汽笛はふるひ犬吠えて
地照かぐろい七日の月は
日本海の雲にかくれる
[#改ページ]
一二三 馬
[#地付き]一九二四、五、二二、
いちにちいっぱいよもぎのなかにはたらいて
馬鈴薯のやうにくさりかけた馬は
あかるくそそぐ夕陽の汁を
食塩の結晶したばさばさの頭に感じながら
はたけのへりの熊笹を
ぼりぼりぼりぼり食ってゐた
それから青い晩が来て
やうやく廏に帰った馬は
高圧線にかかったやうに
にはかにばたばた云ひだした
馬は次の日冷たくなった
みんなは松の林の裏へ
巨きな穴をこしらへて
馬の四つの脚をまげ
そこへそろそろおろしてやった
がっくり垂れた頭の上へ
ぼろぼろ土
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