防雪林を
淡い客車の光廓が
音なく北へかけぬける
   ……火は南でも燃えてゐる
     ドルメンまがひの花崗岩《みかげ》を載せた
     千尺ばかりの準平原が
     あっちもこっちも燃えてるらしい
     〈古代神楽を伝へたり
      古風に公事をしたりする
      大|償《つぐなひ》や八木巻へんの
      小さな森林消防隊〉……
蛙は遠くでかすかにさやぎ
もいちどねぐらにはばたく鳥と
星のまはりの青い暈《かさ》
   ……山火はけぶり 山火はけぶり……
半霄くらい稲光りから
わづかに風が洗はれる
[#改ページ]

  九〇
[#地付き]一九二四、五、六、

祠の前のちしゃのいろした草はらに
木影がまだらに降ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
那智先生の筆塚が
青ぐもやまた氷雲の底で
鐚《びた》のかたちの粉苔をつける
   ……鳥はコバルト山に翔け……
二本の巨きなとゞまつが
荒さんで青く塚のうしろに立ってゐる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
樹はこの夏の計画を
蒼々として雲に描く
   ……鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いてゐる……
[#改ページ]

  九三
[#地付き]一九二四、五、八、

日脚がぼうとひろがれば
つめたい西の風も吹き
黒くいでたつむすめが二人
接骨木藪をまはってくる
けらを着 縄で胸をしぼって
睡蓮の花のやうにわらひながら
ふたりがこっちへあるいてくる
その蓋のある小さな手桶は
けふははたけへのみ水を入れて来たのだ
ある日は青い蓴菜を入れ
欠けた朱塗の椀をうかべて
朝がこれより爽かなとき
町へ売りにも来たりする
赤い漆の小さな桶だ
けらがばさばさしてるのに
瓶のかたちの袴《モンペ》をはいて
おまけに鍬を二梃づつ
けらにしばってゐるものだから
何か奇妙な鳥踊りでもはじめさう
大陸からの季節の風は
続けて枯れた草を吹き
にはとこ藪のかげからは
こんどは生徒が四人来る
赤い顔してわらってゐるのは狼《オイノ》沢
一年生の高橋は 北清事変の兵士のやうに
はすに包みをしょってゐる
[#改ページ]

  九三
[#地付き]一九二四、一〇、二六、

ふたりおんなじさういふ奇体な扮装で
はげしいかげろふの紐をほ
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