床屋
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)微《かす》かな
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      本郷区菊坂町

          ※

九時過ぎたので、床屋の弟子の微《かす》かな疲れと睡気《ねむけ》とがふっと青白く鏡にかゝり、室《へや》は何だかがらんとしてゐる。
「俺《おれ》は小さい時分何でも馬のバリカンで刈られたことがあるな。」
「えゝ、ございませう。あのバリカンは今でも中国の方ではみな使って居《を》ります。」
「床屋で?」
「さうです。」
「それははじめて聞いたな。」
「大阪でも前は矢張りあれを使ひました。今でも普通のと半々位でせう。」
「さうかな。」
「お郷国《くに》はどちらで居らっしゃいますか。」
「岩手県だ。」
「はあ、やはり前はあいつを使ひましたんですか。」
「いゝや、床屋ぢゃ使はなかったよ。俺は大抵野原で頭を刈って貰《もら》ったのだ。」
「はあ、なるほど。あれは原理は普通のと変って居りませんがね。一方の歯しか動かないので。」
「それはさうだらう。両方動いちゃだめだ。」
「えゝ、噛《かじ》っちまひます。」

          ※

鏡の睡気は払は
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