れて青く明るくなり今度は香油の瓶《びん》がそれを受け取ってぼんやりなった。
「失礼ですがあなたはどちらに出ていらっしやいますか。」
「図書館だ。」
「事務員ですか。」
「いゝや、頼まれて調べてゐるんだ。」
「朝はお早いでせう。」
「朝は六時半にうちを出るよ。」
「ずゐぶんお早いですね。」
「どうせうちに居たっておんなじだ。」

          ※

睡気《ねむけ》が忽《たちま》ち香油の瓶《びん》を離れて瓦斯《ガス》の光に溶けて了《しま》ひ室《へや》が変に底無しの淵《ふち》のやうになった。
「丁度五分かゝりました。あなたの頭を刈り込むのに。」
「早いな。」
「いゝえ。競争の時なら早い人は三分かゝりません。」
「指が痛くなるだらう。そんなにしたら。」
「えゝ、指より手首が苦しくて堪《たま》らなくなります。」
「さうだらう。どうせそんなぢゃ永くは続かない。」床屋の弟子はバリカンを持ったまゝ手首をぶらぶらふってゐる。

          ※

瓦斯の灯《ひ》が急に明るくなった。
「僕のひげは物になるだらうか。」
「なりますとも。」
「さうかなぁ。」
「も少し濃いといゝひげになるんだがなぁ
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