づく》の音がポタリポタリと聞えて来ます。
 達二は早く、おぢいさんの所へ戻らうとして急いで引っ返しました。けれどもどうも、それは前に来た所とは違ってゐたやうでした。第一、薊《あざみ》があんまり沢山ありましたし、それに草の底にさっき無かった岩かけが、度々ころがってゐました。そしてたうとう聞いたこともない大きな谷が、いきなり眼の前に現はれました。すゝきが、ざわざわざわっと鳴り、向ふの方は底知れずの谷のやうに、霧の中に消えてゐるではありませんか。
 風が来ると、芒《すすき》の穂は細い沢山の手を一ぱいのばして、忙《せは》しく振って、
「あ、西さん、あ、東さん。あ西さん。あ南さん。あ、西さん。」なんて云ってゐる様でした。
 達二はあんまり見っともなかったので、目を瞑《つぶ》って横を向きました。そして急いで引っ返しました。小さな黒い道が、いきなり草の中に出て来ました。それは沢山の馬の蹄《ひづめ》の痕で出来上ってゐたのです。達二は、夢中で、短い笑ひ声をあげて、その道をぐんぐん歩きました。
 けれども、たよりのないことは、みちのはゞが五寸ぐらゐになったり、又三尺ぐらゐに変ったり、おまけに何だかぐるっと
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