少し待で。又すぐ晴れる。おらも弁当食ふべ。あゝ心配した。俺《おら》も虎《とら》こ山の下まで行って見で来た。はあ、まんつ好《え》がった。雨も晴れる。」
「今朝ほんとに天気|好《え》がったのにな。」
「うん。又|好《ゆ》ぐなるさ。あ、雨漏って来た。草少し屋根さかぶせろ。」
 兄さんが出て行きました。天井がガサガサガサガサ云ひます。おぢいさんが、笑ひながらそれを見上げました。
 兄さんが又はひって来ました。
「おぢいさん。明るぐなった。雨あ霽《は》れだ。」
「うんうん。さうが。さあ弁当食ってで草片附げべ。達二。弁当食べろ。」
 霧がふっと切れました。陽の光がさっと流れて入りました。その太陽は、少し西の方に寄ってかかり、幾片かの蝋《らふ》のやうな霧が、逃げおくれて仕方なしに光りました。
 草からは雫《しづく》がきらきら落ち、総《すべ》ての葉も茎も花も、今年の終りの陽の光を吸ってゐます。
 はるかの北上の碧《あを》い野原は、今泣きやんだやうにまぶしく笑ひ、向ふの栗の木は、青い後光を放ちました。



底本:「新修宮沢賢治全集 第八巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年5月15日初版第1刷発行
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