雲や雨や雷や霧は、いつでももうすぐ起って来るのでした。それですから、北上川の岸からこの高原の方へ行《ゆ》く旅人は、高原に近づくに従って、だんだんあちこちに雷神の碑を見るやうになります。その旅人と云《い》っても、馬を扱ふ人の外《ほか》は、薬屋か林務官、化石を探す学生、測量師など、ほんの僅《わづ》かなものでした。
 今年も、もう空に、透き徹《とほ》った秋の粉が一面散り渡るやうになりました。
 雲がちぎれ、風が吹き、夏の休みももう明日だけです。
 達二は、明後日から、また自分で作った小さな草鞋《わらぢ》をはいて、二つの谷を越えて、学校へ行くのです。
 宿題もみんな済ましたし、蟹《かに》を捕ることも木炭《すみ》を焼く遊びも、もうみんな厭《あ》きてゐました。達二は、家の前の檜《ひのき》によりかかって、考へました。
(あゝ。此の夏休み中で、一番面白かったのは、おぢいさんと一緒に上の原へ仔馬を連れに行ったのと、もう一つはどうしても剣舞《けんばひ》だ。鶏の黒い尾を飾った頭巾《づきん》をかぶり、あの昔からの赤い陣羽織を着た。それから硬い板を入れた袴《はかま》をはき、脚絆《きゃはん》や草鞋をきりっとむすん
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