、ダー、ダースコダーダー。」それから、大人が太鼓を撃ちました。
 達二は刀を抜いてはね上りました。
「ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」
「危なぃ。誰だ、刀抜いだのは。まだ町さも来なぃに早ぁぢゃ。」怪物の青仮面《あをめん》をかぶった清介《せいすけ》が威張って叫んでゐます。赤い提灯《ちゃうちん》が沢山|点《とも》され、達二の兄さんが提灯を持って来て達二と並んで歩きました。兄さんの足が、寒天のやうで、夢のやうな色で、無暗《むやみ》に長いのでした。
「ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」
 町はづれの町長のうちでは、まだ門火を燃して居ませんでした。その水松樹《いちゐ》の垣に囲まれた、暗い庭さきにみんな這入《はひ》って行きました。
 小さな奇麗な子供らが出て来て、笑って見ました。いよいよ大人が本気にやり出したのです。
「ホウ、そら、遣《や》れ。ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」「ドドーン ドドーン。」
 「夜風さかまき ひのきはみだれ、
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月は射そゝぐ 銀の矢なみ、
打ぅつも果てるも 一つのいのち、
太刀《たあち》の軋《きし》りの 消えぬひま。ホッ、ホ、ホッ、ホウ。」
[#ここで字下げ終わり]
 刀が青くぎらぎら光りました。梨《なし》の木の葉が月光にせはしく動いてゐます。
「ダー、ダー、スコ、ダーダー、ド、ドーン、ド、ドーン。太刀はいなづま すゝきのさやぎ、燃えて……」
 組は二つに分れ、剣がカチカチ云ひます。青仮面《あをめん》が出て来て、溺死《いっぷかっぷ》する時のやうな格好《かくかう》で一生懸命跳ね廻ります。子供らが泣き出しました。達二は笑ひました。
 月が俄《には》かに意地悪い片眼になりました。それから銀の盃《さかづき》のやうに白くなって、消えてしまひました。
(先生の声がする。さうだ。もう学校が始まってゐるのだ。)と達二は思ひました。
 そこは教室でした。先生が何だか少し瘠《や》せたやうです。
「みなさん。楽しい夏の休みももう過ぎました。これからは気持ちのいゝ秋です。一年中、一番、勉強にいゝ時です。みなさんはあしたから、又しっかり勉強をするのです。どなたも宿題はして来たでせうね。今日持って来た方は手をあげて。」
 達二と楢夫《ならを》さんと、たった二人でした。
「明日は忘れないでみなさん持って来るのですよ。もし、ぜんたい、してしまはなかった人があっても、やはりその儘《まま》、持って来るのです。すっかりしてしまはなかった人は手をあげて。」
 誰も上げません。
「さうです。皆さんは立派な生徒です。休み中、みなさんは何をしましたか。そのうちで一番面白かったことは何ですか。達二さん。」
「おぢいさんと仔馬を集めに行ったときです。」
「よろしい。大へん結構です。楢夫さん。あなたはお休みの間に、何が一番楽しかったのですか。」
「剣舞《けんばひ》です。」
「剣舞をあなたは踊ったのですか。」
「さうです。」
「どこでですか。」
「伊佐戸《いさど》やあちこちです。」
「さうですか。まあよろしい。お座りなさい。みなさん。外にも剣舞に出た人はありますか。」
「先生、私も出ました。」
「先生、私も出ました。」
「達二さんも、さうですか。よろしい。みなさん。剣舞は決して悪いことではありません。けれども、勿論《もちろん》みなさんの中にそんな方はないでせうが、それでお銭《あし》を貰《もら》ったりしてはなりません。みなさんは、立派な生徒ですから。」
「先生。私はお銭を貰ひません。」
「よろしい。さうです。それから……。」
 達二は、眼を開きました。みんな夢でした。冷たい霧や雫《しずく》が額に落ちました。空は霧で一杯で、なんにも見えません。俄《には》かに明るくなったり暗くなったりします。一本のつりがねさうが、身体《からだ》を屈《かが》めて、達二をいたはりました。
 そして達二は又うとうとしました。そこで霧が生温《なまぬる》い湯のやうになったのです。可愛らしい女の子が達二を呼びました。
「おいでなさい。いゝものをあげませう。そら。干した苹果《りんご》ですよ。」
「ありがど、あなたはどなた。」
「わたし誰でもないわ。一緒に向ふへ行って遊びませう。あなた驢馬《ろば》を有《も》ってゐて。」
「驢馬は持ってません。只《ただ》の仔馬ならあります。」
「只の仔馬は大きくて駄目《だめ》だわ。」
「そんなら、あなたは小鳥は嫌《きら》ひですか。」
「小鳥。わたし大好きよ。」
「あげませう。私はひはを有ってゐます。ひはを一|疋《ぴき》あげませうか。」
「えゝ。欲しいわ。」
「あげませう。私今持って来ます。」
「えゝ、早くよ。」
 達二は、一生懸命、うちへ走りました。美しい緑色の野原や、小さな流れを、一心に走りました。野原
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