は何だかもくもくして、ゴムのやうでした。
 達二のうちは、いつか野原のまん中に建ってゐます。急いで籠《かご》を開けて、小鳥を、そっとつかみました。そして引っ返さうとしましたら、
「達二、どこさ行く。」と達二のおっかさんが云ひました。
「すぐ来るがら。」と云ひながら達二は鳥を見ましたら、鳥はいつか、萌黄《もえぎ》色の生菓子に変ってゐました。やっぱり夢でした。
 風が吹き、空が暗くて銀色です。
「伊佐戸《いさど》の町の電気工夫のむすこぁ、ふら、ふら、ふら、ふら、ふら、」とどこかで云ってゐます。
 それからしばらく空がミインミインと鳴りました。達二は又うとうとしました。
 山男が楢《なら》の木のうしろからまっ赤な顔を一寸《ちょっと》出しました。
(なに怖いことがあるもんか。)
「こりゃ、山男。出はって来《こ》。切ってしまふぞ。」達二は脇差《わきざ》しを抜いて身構へしました。
 山男がすっかり怖がって、草の上を四つん這《ば》ひになってやって来ます。髪が風にさらさら鳴ります。
「どうか御免《ごめ》御免《ごめ》。何《な》じょなことでも為《さ》んす。」
「うん。そんだら許してやる。蟹《かに》を百疋捕って来《こ》。」
「ふう。蟹を百疋。それ丈《だ》けでようがすかな。」
「それがら兎《うさぎ》を百疋捕って来《こ》。」
「ふう。殺して来てもようがすか。」
「うんにゃ。わがん[#「ん」は小書き]なぃ。生ぎだのだ。」
「ふうふう。かしこまた。」
 油断をしてゐるうちに、達二はいきなり山男に足を捉《つか》まれて倒されました。山男は達二を組み敷いて、刀を取り上げてしまひました。
「小僧。さあ、来《こ》。これから俺《お》れの家来だ。来う。この刀はいゝ刀だな。実に焼きをよぐかげである。」
「ばか。奴《うな》の家来になど、ならなぃ。殺さば殺せ。」
「仲々づ太ぃやづだ。来《こ》ったら来《こ》う。」
「行がない。」
「ようし、そんだらさらって行ぐ。」
 山男は達二を小脇《こわき》にかゝへました。達二は、素早く刀を取り返して、山男の横腹をズブリと刺しました。山男はばたばた跳ね廻って、白い泡を沢山吐いて、死んでしまひました。
 急にまっ暗になって、雷が烈《はげ》しく鳴り出しました。
 そして達二は又眼を開きました。
 灰色の霧が速く速く飛んでゐます。そして、牛が、すぐ眼の前に、のっそりと立ってゐたのです。その眼《め》は達二を怖《おそ》れて、横の方を向いてゐました。達二は叫びました。
「あ、居だが。馬鹿だな。奴《うな》は。さ、歩《あ》べ。」
 雷と風の音との中から、微《かす》かに兄さんの声が聞えました。
「おゝい。達二。居るが。達二。達二。」
 達二はよろこんでとびあがりました。
「おゝい。居る、居る。兄《あい》なぁ。おゝい。」
 達二は、牛の手綱をその首から解いて、引きはじめました。
 黒い路が又ひょっくり草の中にあらはれました。そして達二の兄さんが、とつぜん、眼の前に立ちました。達二はしがみ付きました。
「探《さが》したぞ。こんたな処《どご》まで来て。何《な》して黙って彼処《あそご》に居なぃがった。おぢいさん、うんと心配してるぞ。さ、早く歩《あ》べ。」
「牛ぁ逃げだだも。」
「牛ぁ逃げだ。はあ、さうが。何にびっくりしたたがな。すっかりぬれだな。さあ、俺《おら》のけら着ろ。」
「一向寒ぐなぃ。兄《あい》な[#「な」は小書き]のなは大きくて引き擦《ず》るがらわがん[#「ん」は小書き]なぃ。」
「さうが。よしよし。まづ歩《あ》べ。おぢいさん、火たいで待ってるがらな。」
 緩い傾斜を、二つ程昇り降りしました。それから、黒い大きな路について、暫《しば》らく歩きました。
 稲光が二度ばかり、かすかに白くひらめきました。草を焼く匂《にほひ》がして、霧の中を煙がほっと流れてゐます。
 達二の兄さんが叫びました。
「おぢいさん。居だ、居だ。達二ぁ居だ。」
 おぢいさんは霧の中に立ってゐて、
「あゝさうが。心配した、心配した。あゝ好《え》がった。おゝ達二。寒がべぁ、さあ入れ。」と云ひました。
 半分に焼けた大きな栗の木の根もとに、草で作った小さな囲ひがあって、チョロチョロ赤い火が燃えてゐました。
 兄さんは牛を楢《なら》の木につなぎました。
 馬もひひんと鳴いてゐます。
「おゝむぞやな。な。何ぼが泣いだがな。さあさあ団子たべろ。食べろ。な。今こっちを焼ぐがらな。全体何処迄行ってだった。」
「笹長根《ささながね》の下《お》り口だ。」と兄が答へました。
「危ぃがった。危ぃがった。向ふさ降りだらそれっ切りだったぞ。さあ達二。団子喰べろ。ふん。まるっきり馬こみだぃに食ってる。さあさあ、こいづも食べろ。」
「おぢいさん。今のうぢに草片附げで来るべが。」と達二の兄さんが云ひました。
「うんにゃ。も
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