た。
「そこらにあるじゃないか。持っといで。」鴾が又答えました。
 木霊はまた桃色のそらや草の上を見ましたがなんにも火などは見えませんでした。
「鴾、鴾、おらもう帰るよ。」
「そうかい。さよなら。えい畜生《ちくしょう》。スペイドの十を見損《みそこな》っちゃった。」と鴾が黒い森のさまざまのどなりの中から云いました。
 若い木霊は帰ろうとしました。その時森の中からまっ青な顔の大きな木霊が赤い瑪瑙《めのう》のような眼玉をきょろきょろさせてだんだんこっちへやって参りました。若い木魂《こだま》は逃《に》げて逃げて逃げました。
 風のように光のように逃げました。そして丁度前の栗の木の下に来ました。お日さまはまだまだ明るくかれ草は光りました。
 栗の木の梢《こずえ》からやどり木が鋭《するど》く笑って叫びました。
「ウワーイ。鴾にだまされた。ウワーイ。鴾にだまされた。」
「何云ってるんだい。小《ぴゃ》っこ。ふん。おい、栗の木。起きろい。もう春だぞ。」
 若い木霊は顔のほてるのをごまかして栗の木の幹にそのすきとおる大きな耳をあてました。
 栗の木の幹はしいんとして何の音もありません。
「ふん、まだ、少し
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