ハーシュはわらひました。
すると子供は少し機嫌《きげん》の悪い顔をしてゐましたがハーシュがすぐそのそばまで行きましたら俄《には》かに子供が叫びました。
「僕、車へのせてってお呉れ。」
ハーシュはとまりました。
「この車がたがたしますよ。よござんすか。坊ちゃん。」
「がたがたしたって僕ちっともこはくない。」こどもが大威張りで云ひました。
「そんならお乗りなさい。よおっと。そら。しっかりつかまっておいでなさい。鉄砲は前へ置いて。そら、動きますよ。」ハーシュはうしろを見ながら車をそろそろ引っぱりはじめました。子供は思ったよりも車ががたがたするので唇《くちびる》をまげてやっぱり少し怖いやうでした。それでも一生けん命つかまってゐました。ハーシュはずんずん車を引っぱりました。みちがだんだんせまくなって車の輪はたびたび道のふちの草の上を通りました。そのたびに車はがたっとゆれました。子供は一生けん命車にしがみついてゐました。みちはだんだんせまくなってまん中だけが凹《へこ》んで来ました。ハーシュは車をとめてこどもをふりかへって見ました。
「雀《すずめ》とってお呉れ。」こどもが云ひました。
「今に向ふへついたらとってあげますよ。それとも坊ちゃんもう下りますか。」ハーシュは松林の向ふの水いろに光る空を見ながら云ひました。
「下りない。」子供がしっかりつかまりながら答へました。ハーシュはまた車を引っぱりました。
ところがそのうちにハーシュはあんまり車ががたがたするやうに思ひましたのでふり返って見ましたら車の輪は両方下の方で集まってくさび形になってゐました。
「みちのまん中が凹んでゐるためだ。それにどこかこはれたな。」ハーシュは思ひながらとまってしづかにかぢをおろしだまって車をしらべて見ましたら車輪のくさびが一本ぬけてゐました。
「坊ちゃん、もうおりて下さい。車がこはれたんですよ。あぶないですから。」
「いやだよう。」
「仕方ないな。」ハーシュはつぶやきながらあたりを見まはしました。たしかに構はないで置けば車輪はすっかり抜けてしまふのでした。
「坊ちゃん、では少し待ってゐて下さいね。いま繩《なは》をさがしますから。」ハーシュはすぐ前の左の方に入って行くちひさな路を見付けて云ひました。そしてそのみちは向ふの林のかげの一軒の百姓家へ入るらしいのでした。ハーシュはそのみちを急いで行きました。
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