だ、全ぐだ。」
こんなことばも聞きました。
「生ぎものだがも知れないじゃい。」
「うん。生ぎものらしどごもあるな。」
こんなことばも聞えました。そのうちにとうとう一疋が、いかにも決心したらしく、せなかをまっすぐにして環からはなれて、まんなかの方に進み出ました。
みんなは停《とま》ってそれを見ています。
進んで行った鹿《しか》は、首をあらんかぎり延ばし、四本《しほん》の脚《あし》を引きしめ引きしめそろりそろりと手拭《てぬぐい》に近づいて行きましたが、俄《にわ》かにひどく飛びあがって、一目散に遁《に》げ戻ってきました。廻りの五疋も一ぺんにぱっと四方へちらけようとしましたが、はじめの鹿が、ぴたりととまりましたのでやっと安心して、のそのそ戻ってその鹿の前に集まりました。
「なじょだた。なにだた、あの白い長いやづあ。」
「縦に皺《しわ》の寄ったもんだけあな。」
「そだら生ぎものだないがべ、やっぱり蕈《きのこ》などだべが。毒蕈《ぶすきのこ》だべ。」
「うんにゃ。きのごだない。やっぱり生ぎものらし。」
「そうが。生きもので皺うんと寄ってらば、年老《としよ》りだな。」
「うん年老りの番兵だ。う
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