して団子ではなくて、そのとなりの草の上にくの字になって落ちている、嘉十の白い手拭らしいのでした。嘉十は痛い足をそっと手で曲げて、苔の上にきちんと座《すわ》りました。
鹿のめぐりはだんだんゆるやかになり、みんなは交《かわ》る交《がわ》る、前肢《まえあし》を一本環の中の方へ出して、今にもかけ出して行きそうにしては、びっくりしたようにまた引っ込めて、とっとっとっとっしずかに走るのでした。その足音は気もちよく野原の黒土の底の方までひびきました。それから鹿どもはまわるのをやめてみんな手拭のこちらの方に来て立ちました。
嘉十はにわかに耳がきいんと鳴りました。そしてがたがたふるえました。鹿どもの風にゆれる草穂《くさぼ》のような気もちが、波になって伝わって来たのでした。
嘉十はほんとうにじぶんの耳を疑いました。それは鹿のことばがきこえてきたからです。
「じゃ、おれ行って見で来《こ》べが。」
「うんにゃ、危ないじゃ。も少し見でべ。」
こんなことばもきこえました。
「何時《いつ》だがの狐《きつね》みだいに口発破《くちはっぱ》などさ罹《かか》ってあ、つまらないもな、高で栃の団子などでよ。」
「そだそ
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