で、やつぱりだめだとおもひながらまた息《いき》をこらしました。
 太陽《たいやう》はこのとき、ちやうどはんのきの梢《こずゑ》の中《なか》ほどにかかつて、少《すこ》し黄《き》いろにかゞやいて居《を》りました。鹿《しか》のめぐりはまただんだんゆるやかになつて、たがひにせわしくうなづき合《あ》ひ、やがて一|列《れつ》に太陽《たいやう》に向《む》いて、それを拝《おが》むやうにしてまつすぐに立《た》つたのでした。嘉十《かじふ》はもうほんたうに夢《ゆめ》のやうにそれに見《み》とれてゐたのです。
 一ばん右《みぎ》はじにたつた鹿《しか》が細《ほそ》い声《こゑ》でうたひました。
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「はんの木《ぎ》の
 みどりみぢんの葉《は》の向《もご》さ
 ぢやらんぢやららんの
 お日《ひ》さん懸《か》がる。」
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 その水晶《すゐしやう》の笛《ふえ》のやうな声《こゑ》に、嘉十《かじふ》は目《め》をつぶつてふるえあがりました。右《みぎ》から二ばん目《め》の鹿《しか》が、俄《には》かにとびあがつて、それからからだを波《なみ》のやうにうねらせながら、みんなの間《あひだ》を縫《ぬ
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