はたけ》を開《ひら》いて、粟《あは》や稗《ひえ》をつくつてゐました。
あるとき嘉十《かじふ》は、栗《くり》の木《き》から落《お》ちて、少《すこ》し左《ひだり》の膝《ひざ》を悪《わる》くしました。そんなときみんなはいつでも、西《にし》の山《やま》の中《なか》の湯《ゆ》の湧《わ》くとこへ行《い》つて、小屋《こや》をかけて泊《とま》つて療《なほ》すのでした。
天気《てんき》のいゝ日《ひ》に、嘉十《かじふ》も出《で》かけて行《い》きました。糧《かて》と味噌《みそ》と鍋《なべ》とをしよつて、もう銀《ぎん》いろの穂《ほ》を出《だ》したすすきの野原《のはら》をすこしびつこをひきながら、ゆつくりゆつくり歩《ある》いて行《い》つたのです。
いくつもの小流《こなが》れや石原《いしはら》を越《こ》えて、山脈《さんみやく》のかたちも大《おほ》きくはつきりなり、山《やま》の木《き》も一本《いつぽん》一本《いつぽん》、すぎごけのやうに見《み》わけられるところまで来《き》たときは、太陽《たいやう》はもうよほど西《にし》に外《そ》れて、十本《じつぽん》ばかりの青《あを》いはんのきの木立《こだち》の上《うへ》に、
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