て行《い》きさうにしては、びつくりしたやうにまた引《ひ》つ込《こ》めて、とつとつとつとつしづかに走《はし》るのでした。その足音《あしおと》は気《き》もちよく野原《のはら》の黒土《くろつち》の底《そこ》の方《はう》までひゞきました。それから鹿《しか》どもはまはるのをやめてみんな手拭《てぬぐひ》のこちらの方《はう》に来《き》て立《た》ちました。
嘉十《かじふ》はにはかに耳《みゝ》がきいんと鳴《な》りました。そしてがたがたふるえました。鹿《しか》どもの風《かぜ》にゆれる草穂《くさぼ》のやうな気《き》もちが、波《なみ》になつて伝《つた》はつて来《き》たのでした。
嘉十《かじふ》はほんたうにじぶんの耳《みゝ》を疑《うたが》ひました。それは鹿《しか》のことばがきこえてきたからです。
「ぢや、おれ行《い》つて見《み》で来《こ》べが。」
「うんにや、危《あぶ》ないじや。も少《すこ》し見《み》でべ。」
こんなことばもきこえました。
「何時《いつ》だがの狐《きつね》みだいに口発破《くちはつぱ》などさ罹《かゝ》つてあ、つまらないもな、高《たか》で栃《とち》の団子《だんご》などでよ。」
「そだそだ、全《まつた》ぐだ。」
こんなことばも聞《き》きました。
「生《い》ぎものだがも知《し》れないじやい。」
「うん。生《い》ぎものらしどごもあるな。」
こんなことばも聞《きこ》えました。そのうちにたうたう一|疋《ぴき》が、いかにも決心《けつしん》したらしく、せなかをまつすぐにして環《わ》からはなれて、まんなかの方《はう》に進《すゝ》み出《で》ました。
みんなは停《とま》つてそれを見《み》てゐます。
進《すゝ》んで行《い》つた鹿《しか》は、首《くび》をあらんかぎり延《の》ばし、四本《しほん》の脚《あし》を引《ひ》きしめ引《ひ》きしめそろりそろりと手拭《てぬぐひ》に近《ちか》づいて行《い》きましたが、俄《には》かにひどく飛《と》びあがつて、一|目散《もくさん》に遁《に》げ戻《もど》つてきました。廻《まは》りの五|疋《ひき》も一ぺんにぱつと四方《しはう》へちらけやうとしましたが、はじめの鹿《しか》が、ぴたりととまりましたのでやつと安心《あんしん》して、のそのそ戻《もど》つてその鹿《しか》の前《まへ》に集《あつ》まりました。
「なぢよだた。なにだた、あの白《しろ》い長《なが》いやづあ。」
「縦《たて
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