スやちしゃのようなものが山野に自生するようにならないと産業《さんぎょう》もほんとうではありませんな。」
「へえ。ずいぶんなご卓見《たっけん》です。しかしあなたは紫紺《しこん》のことはよくごぞんじでしょうな。」
 みんなはしいんとなりました。これが今夜の眼目《がんもく》だったのです。山男はお酒《さけ》をかぶりと呑《の》んで云《い》いました。
「しこん、しこんと。はてな聞いたようなことだがどうもよくわかりません。やはり知らないのですな。」みんなはがっかりしてしまいました。なんだ、紫紺のことも知らない山男など一向《いっこう》用はないこんなやつに酒を呑《の》ませたりしてつまらないことをした。もうあとはおれたちの懇親会《こんしんかい》だ、と云うつもりでめいめい勝手《かって》にのんで勝手にたべました。ところが山男にはそれが大へんうれしかったようでした。しきりにかぶりかぶりとお酒をのみました。お魚が出ると丸ごとけろりとたべました。野菜《やさい》が出ると手をふところに入れたまま舌《した》だけ出してべろりとなめてしまいます。
 そして眼《め》をまっかにして「へろれって、へろれって、けろれって、へろれって。」なんて途方《とほう》もない声で咆《ほ》えはじめました。さあみんなはだんだん気味悪《きみわる》くなりました。おまけに給仕《きゅうじ》がテーブルのはじの方で新らしいお酒の瓶《びん》を抜《ぬ》いたときなどは山男は手を長くながくのばして横《よこ》から取《と》ってしまってラッパ呑みをはじめましたのでぶるぶるふるえ出した人もありました。そこで研究会《けんきゅうかい》の会長さんは元来《がんらい》おさむらいでしたから考えました。(これはどうもいかん。けしからん。こうみだれてしまっては仕方《しかた》がない。一つひきしめてやろう。)くだものの出たのを合図《あいず》に会長さんは立ちあがりました。けれども会長さんももうへろへろ酔《よ》っていたのです。
「ええ一寸《ちょっと》一言ご挨拶《あいさつ》申《もう》しあげます。今晩《こんばん》はお客様《きゃくさま》にはよくおいで下さいました。どうかおゆるりとおくつろぎ下さい。さて現今《げんこん》世界《せかい》の大勢《たいせい》を見るに実《じつ》にどうもこんらんしている。ひとのものを横合《よこあい》からとるようなことが多い。実にふんがいにたえない。まだ世界は野蛮《やばん》からぬけない。けしからん。くそっ。ちょっ。」
 会長さんはまっかになってどなりました。みんなはびっくりしてぱくぱく会長さんの袖《そで》を引っぱって無理《むり》に座《すわ》らせました。
 すると山男は面倒臭《めんどうくさ》そうにふところから手を出して立ちあがりました。「ええ一寸《ちょっと》一言ご挨拶を申し上げます。今晩《こんばん》はあついおもてなしにあずかりまして千万《せんばん》かたじけなく思います。どういうわけでこんなおもてなしにあずかるのか先刻《せんこく》からしきりに考えているのです。やはりどうもその先頃《さきごろ》おたずねにあずかった紫紺《しこん》についてのようであります。そうしてみると私も本気で考え出さなければなりません。そう思って一生懸命《いっしょうけんめい》思い出しました。ところが私は子供《こども》のとき母が乳《ちち》がなくて濁《にご》り酒《ざけ》で育《そだ》ててもらったためにひどいアルコール中毒《ちゅうどく》なのであります。お酒を呑《の》まないと物《もの》を忘《わす》れるので丁度《ちょうど》みなさまの反対《はんたい》であります。そのためについビールも一本|失礼《しつれい》いたしました。そしてそのお蔭《かげ》でやっとおもいだしました。あれは現今《げんこん》西根山《にしねやま》にはたくさんございます。私のおやじなどはしじゅうあれを掘《ほ》って町へ来て売ってお酒《さけ》にかえたというはなしであります。おやじがどうもちかごろ紫紺《しこん》も買う人はなし困《こま》ったと云《い》ってこぼしているのも聞いたことがあります。それからあれを染《そ》めるには何でも黒いしめった土をつかうというはなしもぼんやりおぼえています。紫紺についてわたくしの知っているのはこれだけであります。それで何かのご参考《さんこう》になればまことにしあわせです。さて考えてみますとありがたいはなしでございます。私のおやじは紫紺の根を掘って来てお酒ととりかえましたが私は紫紺のはなしを一寸《ちょっと》すればこんなに酔《よ》うくらいまでお酒が呑《の》めるのです。
 そらこんなに酔うくらいです。」
 山男は赤くなった顔を一つ右手でしごいて席《せき》へ座《すわ》りました。
 みんなはざわざわしました。工芸《こうげい》学校の先生は「黒いしめった土を使《つか》うこと」と手帳《てちょう》へ書いてポケットにしまいま
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