か。丁度いゝ所だった。昨夜はどこへ泊った。」
「事務所へ泊りました。」
「さうか。丁度よかった。この人について行って呉《く》れ。玉蜀黍《きみ》の脱穀をしてるんだ。機械は八時半から動くからな。今からすぐ行くんだ。」農夫長は隣りで脚絆を巻いてゐる顔のまっ赤な農夫を指しました。
「承知しました。」
 みんなはそれっきり黙って仕度しました。赤シャツはみんなの仕度する間、入口にまっすぐに立って、室《へや》の中を見まはしてゐましたが、ふと室の正面にかけてある円い柱時計を見あげました。
 その盤面《ダイアル》は青じろくて、ツルツル光って、いかにも舶来の上等らしく、どこでも見たことのないやうなものでした。
 赤シャツは右腕をあげて自分の腕時計を見て何気なく低くつぶやきました。
「あいつは十五分進んでゐるな。」それから腕時計の竜頭《りゅうづ》を引っぱって針を直さうとしました。そしたらさっきから仕度ができてめづらしさうにこの新らしい農夫の近くに立ってそのやうすを見てゐた子供の百姓が俄かにくすりと笑ひました。
 するとどう云ふわけかみんなもどっと笑ったのです。一斉にその青じろい美しい時計の盤面《ダイアル》を
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