だが、おれはどうもきさまの物言いが気に食わないのでな。やい。何つうつらだ。こら、貴さん」
 男は汗を拭《ふ》きながら、やっと又言いました。
「薪をあとで百把持って来てやっから、許してくれろ」
 すると若者が怒ってしまいました。
「うそをつけ、この野郎。どこの国に、団子二串に薪百把払うやづがあっか。全体きさんどこのやつだ」
「そ、そ、そ、そ、そいつはとても言われない。許してくれろ」男は黄金《きん》色の眼をぱちぱちさせて、汗をふきふき言いました。一緒に涙もふいたようでした。
「ぶん撲《なぐ》れ、ぶん撲れ」誰《たれ》かが叫びました。
 亮二はすっかりわかりました。
(ははあ、あんまり腹がすいて、それにさっき空気獣で十銭払ったので、あともう銭のないのも忘れて、団子を食ってしまったのだな。泣いている。悪い人でない。かえって正直な人なんだ。よし、僕が助けてやろう)
 亮二はこっそりがま口から、ただ一枚残った白銅を出して、それを堅く握って、知らないふりをしてみんなを押しわけて、その男のそばまで行きました。男は首を垂れ、手をきちんと膝《ひざ》まで下げて、一生けん命口の中で何かもにゃもにゃ言っていました。
 亮二はしゃがんで、その男の草履をはいた大きな足の上に、だまって白銅を置きました。すると男はびっくりした様子で、じっと亮二の顔を見下していましたが、やがていきなり屈《かが》んでそれを取るやいなや、主人の前の台にぱちっと置いて、大きな声で叫びました。
「そら、銭を出すぞ。これで許してくれろ。薪を百把あとで返すぞ。栗《くり》を八斗あとで返すぞ」言うが早いか、いきなり若者やみんなをつき退《の》けて、風のように外へ遁《に》げ出してしまいました。
「山男だ、山男だ」みんなは叫んで、がやがやあとを追おうとしましたが、もうどこへ行ったか、影もかたちも見えませんでした。
 風がごうごうっと吹き出し、まっくろなひのきがゆれ、掛茶屋のすだれは飛び、あちこちのあかりは消えました。
 かぐらの笛がそのときはじまりました。けれども亮二はもうそっちへは行かないで、ひとり田圃《たんぼ》の中のほの白い路《みち》を、急いで家の方へ帰りました。早くお爺《じい》さんに山男の話を聞かせたかったのです。ぼんやりしたすばるの星がもうよほど高くのぼっていました。
 家に帰って、厩《うまや》の前から入って行きますと、お爺さんはたった一人、いろりに火を焚《た》いて枝豆をゆでていましたので、亮二は急いでその向う側に座って、さっきのことをみんな話しました。お爺さんははじめはだまって亮二の顔を見ながら聞いていましたが、おしまいとうとう笑い出してしまいました。
「ははあ、そいつは山男だ。山男というものは、ごく正直なもんだ。おれも霧のふかい時、度々山で遭ったことがある。しかし山男が祭を見に来たことは今度はじめてだろう。はっはっは。いや、いままでも来ていても見附からなかったのかな」
「おじいさん、山男は山で何をしているのだろう」
「そうさ、木の枝で狐《きつね》わなをこさえたりしてるそうだ。こういう太い木を一本、ずうっと曲げて、それをもう一本の枝でやっと押えておいて、その先へ魚などぶら下げて、狐だの熊《くま》だの取りに来ると、枝にあたってばちんとはねかえって殺すようにしかけたりしているそうだ」
 その時、表の方で、どしんがらがらがらっという大きな音がして、家は地震の時のようにゆれました。亮二は思わずお爺さんにすがりつきました。お爺さんも少し顔色を変えて、急いでランプを持って外に出ました。
 亮二もついて行きました。ランプは風のためにすぐに消えてしまいました。
 その代り、東の黒い山から大きな十八日の月が静かに登って来たのです。
 見ると家の前の広場には、太い薪が山のように投げ出されてありました。太い根や枝までついた、ぼりぼりに折られた太い薪でした。お爺さんはしばらく呆《あき》れたように、それをながめていましたが、俄《にわ》かに手を叩《たた》いて笑いました。
「はっはっは、山男が薪をお前に持って来てくれたのだ。俺《おれ》はまたさっきの団子屋にやるということだろうと思っていた。山男もずいぶん賢いもんだな」
 亮二は薪をよく見ようとして、一足そっちへ進みましたが、忽《たちま》ち何かに滑ってころびました。見るとそこらいちめん、きらきらきらきらする栗の実でした。亮二は起きあがって叫びました。
「おじいさん、山男は栗も持って来たよ」
 お爺《じい》さんもびっくりして言いました。
「栗まで持って来たのか。こんなに貰《もら》うわけにはいかない。今度何か山へ持って行って置いて来よう。一番着物がよかろうな」
 亮二はなんだか、山男がかあいそうで泣きたいようなへんな気もちになりました。
「おじいさん、山男はあんまり正直でかあい
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング