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「ドツテテドツテテ、ドツテテド、
 タールを塗れるなが靴の
 歩はばは三百六十尺。」
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 恭一はすつかりこはくなつて、歯ががちがち鳴りました。ぢいさんはしばらく月や雲の工合《ぐあひ》をながめてゐましたが、あまり恭一が青くなつてがたがたふるえてゐるのを見て、気の毒になつたらしく、少ししづかに斯《か》う云ひました。
「おれは電気総長だよ。」
 恭一も少し安心して
「電気総長といふのは、やはり電気の一種ですか。」ときゝました。するとぢいさんはまたむつとしてしまひました。
「わからん子供だな。ただの電気ではないさ。つまり、電気のすべての長、長といふのはかしらとよむ。とりもなほさず電気の大将といふことだ。」
「大将ならずゐぶんおもしろいでせう。」恭一がぼんやりたづねますと、ぢいさんは顔をまるでめちやくちやにしてよろこびました。
「はつはつは、面白いさ。それ、その工兵も、その竜騎兵も、向ふのてき弾兵も、みんなおれの兵隊だからな。」
 ぢいさんはぷつとすまして、片つ方の頬《ほほ》をふくらせてそらを仰ぎました。それからちやうど前を通つて行く一本のでんしんばしらに、
「こらこら、なぜわき見をするか。」とどなりました。するとそのはしらはまるで飛びあがるぐらゐびつくりして、足がぐにやんとまがりあわててまつすぐを向いてあるいて行きました。次から次とどしどしはしらはやつて来ます。
「有名なはなしをおまへは知つてるだらう。そら、むすこが、エングランド、ロンドンにゐて、おやぢがスコツトランド、カルクシヤイヤにゐた。むすこがおやぢに電報をかけた、おれはちやんと手帳へ書いておいたがね、」
 ぢいさんは手帳を出して、それから大きなめがねを出してもつともらしく掛けてから、また云ひました。
「おまへは英語はわかるかい、ね、センド、マイブーツ、インスタンテウリイすぐ長靴送れとかうだらう、するとカルクシヤイヤのおやぢめ、あわてくさつておれのでんしんのはりがねに長靴をぶらさげたよ。はつはつは、いや迷惑したよ。それから英国ばかりぢやない、十二月ころ兵営へ行つてみると、おい、あかりをけしてこいと上等兵殿に云はれて新兵が電燈をふつふつと吹いて消さうとしてゐるのが毎年五人や六人はある。おれの兵隊にはそんなものは一人もないからな。おまへの町だつてさうだ、はじめて電燈がついたころ
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