はみんながよく、電気会社では月に百石ぐらゐ油をつかふだらうかなんて云つたもんだ。はつはつは、どうだ、もつともそれはおれのやうに勢力不滅の法則や熱力学第二則がわかるとあんまりをかしくもないがね、どうだ、ぼくの軍隊は規律がいゝだらう。軍歌にもちやんとさう云つてあるんだ。」
でんしんばしらは、みんなまつすぐを向いて、すまし込んで通り過ぎながら一きは声をはりあげて、
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「ドツテテドツテテ、ドツテテド
でんしんばしらのぐんたいの
その名せかいにとゞろけり。」
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と叫びました。
そのとき、線路の遠くに、小さな赤い二つの火が見えました。するとぢいさんはまるであわててしまひました。
「あ、いかん、汽車がきた。誰《たれ》かに見附かつたら大へんだ。もう進軍をやめなくちやいかん。」
ぢいさんは片手を高くあげて、でんしんばしらの列の方を向いて叫びました。
「全軍、かたまれい、おいつ。」
でんしんばしらはみんな、ぴつたりとまつて、すつかりふだんのとほりになりました。軍歌はただのぐわあんぐわあんといふうなりに変つてしまひました。
汽車がごうとやつてきました。汽缶車《きくわんしや》の石炭はまつ赤に燃えて、そのまへで火夫は足をふんばつて、まつ黒に立つてゐました。
ところが客車の窓がみんなまつくらでした。するとぢいさんがいきなり、
「おや、電燈が消えてるな。こいつはしまつた。けしからん。」と云ひながらまるで兎《うさぎ》のやうにせ中をまんまるにして走つてゐる列車の下へもぐり込みました。
「あぶない。」と恭一がとめようとしたとき、客車の窓がぱつと明るくなつて、一人の小さな子が手をあげて
「あかるくなつた、わあい。」と叫んで行きました。
でんしんばしらはしづかにうなり、シグナルはがたりとあがつて、月はまたうろこ雲のなかにはひりました。
そして汽車は、もう停車場へ着いたやうでした。
底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
2004(平成16)年4月25日第20刷発行
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年2月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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