ん、さうぢやないわよ。それはべつの方だわ。」
「するとあすこにいま笛を吹いて居るんだらうか。」
「いま海へ行つてらあ。」
「いけないわよ。もう海からあがつていらつしやつたのよ。」
「さうさう、ぼく知つてらあ、ぼくおはなししよう。」
       *     *
 川の向う岸が俄に赤くなりました。
 楊の木や何かもまつ黒にすかし出され、見えない天の川の波もときどきちらちら針のやうに赤く光りました。
 まつたく向う岸の野原に大きなまつ赤な火が燃され、その黒いけむりは高く桔梗いろのつめたさうな天をも焦がしさうでした。ルビーよりも赤くすきとほり、リチウムよりも、うつくしく醉つたやうになつてその火は燃えてゐるのでした。
「あれは何の火だらう。あんな赤く光る火は何を燃せばできるんだらう。」ジヨバンニが云ひました。
「蝎の火だな。」カムパネルラが又地圖と首つ引きして答へました。
「あら、蝎の火のことならあたし知つてるわ。」
「蝎の火つて何だい。」ジヨバンニがききました。
「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるつて、あたし何べんもお父さんから聽いたわ。」
「蝎つて、蟲だらう。」
「ええ、蝎は
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