しいものは一體なんですか、と訊かうとして、それではあんまり出し拔けだから、どうせうかと考へて振り返つて見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。
 網棚の上には白い荷物も見えなかつたのです。また窓の外で足をふんばつてそらを見上げて鷺を捕る支度をしてゐるのかと思つて、急いでそつちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの廣いせなかも尖つた帽子も見えませんでした。
「あの人どこへ行つたらう。」カムパネルラもぼんやりさう云つてゐました。
「どこへ行つたらう。一體どこでまたあふのだらう。僕はどうしても少しあの人に物を言はなかつたらう。」
「ああ、僕もさう思つてゐるよ。」
「僕はあの人が邪魔なやうな氣がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」
 ジヨバンニはこんな變てこな氣もちは、ほんたうにはじめてだし、こんなこと今まで云つたこともないと思ひました。

「何だか苹果の匂がする。僕いま苹果のことを考へたためだらうか。」カムパネルラが不思議さうにあたりを見まはしました。
「ほんたうに苹果の匂ひだよ。それから野茨の匂もする。」
 ジヨバンニもそこらを見ましたが
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