所の前に立つて、ジヨバンニは帽子をぬいで「今晩は」と云ひましたら、家の中はしいんとして誰も居たやうではありませんでした。
「今晩は、ごめんなさい。」ジヨバンニはまつすぐに立つてまた叫びました。するとしばらくたつてから、年老つた女の人が、どこか工合が惡いやうにそろそろと出て來て何か口の中で云ひました。
「あの、今日、牛乳が僕んとこへ來なかつたので、貰ひにあがつたんです。」ジヨバンニが一生けん命勢ひよく云ひました。
「いま誰もゐないでわかりません。あしたにして下さい。」その人は赤い眼の下のところを擦りながら、ジヨバンニを見おろして云ひました。
「おつかさんが病氣なんですから今晩でないと困るんです。」
「ではもう少したつてから來てください。」その人はもう行つてしまひさうでした。
「さうですか。ではありがたう。」ジヨバンニは、お辭儀をして臺所から出ました。けれどもなぜか泪がいつぱいに湧きました。
(ぼくは早く歸つておつかさんにあの時計屋のふくろふの飾りのことや星座早見のことをお話しよう。)ジヨバンニはせはしくこんなことを考へながら、十字になつた町のかどをまがらうとしましたら、向うの橋へ行く方の
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