した。
「ぢやさよなら。」女の子がふりかへつて二人に云ひました。
「さやなら。」ジヨバンニはまるで泣き出したいのをこらへて、怒つたやうにぶつきら棒に云ひました。
 女の子はいかにもつらさうに眼を大きくして、も一度こつちをふりかへつてそれからあとはもうだまつて出て行つてしまひました。汽車の中はもう半分以上も空いてしまひ、俄かにがらんとしてさびしくなり、風がいつぱいに吹き込みました。
 そして見てゐるとみんなはつつましく列を組んで、あの十字架の前の天の川のなぎさにひざまづいてゐました。そしてその見えない天の川の水をわたつて、ひとりの神々しい白いきものの人が手をのばしてこつちへ來るのを二人は見ました。けれどもそのときはもう硝子の呼子は鳴らされ汽車はうごきだし、と思ふうちに銀いろの霧が川下の方から、すうつと流れて來て、もうそつちは何も見えなくなりました。ただたくさんのくるみの木が葉をさんさんと光らしてその霧の中に立ち、黄金の圓光をもつた電氣栗鼠が、可愛い顏をその中からちらちらのぞかしてゐるだけでした。
 そのとき、すうつと霧がはれかかりました。どこかへ行く街道らしい小さな電燈の一列についた通りがありました。それはしばらく線路に沿つて進んでゐました。
 そして二人がそのあかしの前を通つて行くときは、その小さな豆いろの火はちやうど挨拶でもするやうにぽかつと消え、二人が過ぎて行くときまた點くのでした。
 ふりかへつて見ると、さつきの十字架はすつかり小さくなつてしまひ、ほんたうにもう、そのまま胸にも吊されさうになり、さつきの女の子や青年たちがその前の白い渚にまだひざまづいてゐるのか、それともどこか方角もわからないその天上へ行つたのか、ぼんやりして見分けられませんでした。
 ジヨバンニは、ああ、と深く息しました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになつたねえ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもう、あのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか、百ぺん灼いてもかまはない。」
「うん。僕だつてさうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。
「けれどもほんたうのさいはひは一體何だらう。」
 ジヨバンニが云ひました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云ひました。
「僕たちしつかりやらうねえ。」ジヨバンニが胸いつぱい新らしい力が湧くやうにふうと
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