息をしながら云ひました。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが、少しそつちを避けるやうにしながら天の川のひととこを指さしました。
ジヨバンニはそつちを見て、まるでぎくつとしてしまひました。天の川の一ととこに大きなまつくらな孔が、どほんとあいてゐるのです。その底がどれほど深いか、その奧に何があるか、いくら眼をこすつてのぞいてもなんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛むのでした。ジヨバンニが云ひました。
「僕、もうあんな大きな闇の中だつてこはくない、きつとみんなのほんたうのさいはひをさがしに行く、どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。」
「ああきつと行くよ。」
カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指さして叫びました。
「ああ、あすこの野原はなんてきれいだらう。みんな集つてるねえ。あすこがほんたうの天上なんだ。あつ、あすこにゐるのはぼくのお母さんだよ。」
ジヨバンニもそつちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむつてゐるばかり、どうしてもカムパネルラが云つたやうに思はれませんでした。
何とも云へずさびしい氣がして、ぼんやりそつちを見てゐましたら、向うの河岸に二本の電信ばしらが丁度兩方から腕を組んだやうに赤い腕木をつらねて立つてゐました。
「カムパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」ジヨバンニが斯う云ひながらふりかへつて見ましたら、そのいままでカムパネルラの坐つてゐた席に、もうカムパネルラの形は見えず黒いびろうどばかりひかつてゐました。
ジヨバンニはまるで鐵砲彈のやうに立ちあがりました。そして窓の外へからだを乘り出して、力いつぱいはげしく胸をうつて叫び、それからもう咽喉いつぱい泣きだしました。
もうそこらが一ぺんにまつくらになつたやうに思ひました。そのとき、
「おまへはいつたい何を泣いてゐるの。ちよつとこつちをごらん。」いままでたびたび聞えた、あのやさしいセロのやうな聲がジヨバンニのうしろから聞えました。
ジヨバンニは、はつと思つて涙をはらつてそつちをふり向きました。
さつきまでカムパネルラの坐つてゐた席に黒い大きな帽子をかぶつた青白い顏の痩せた大人が、やさしくわらつて大きな一册の本をもつてゐました。
「おまへのともだちがどこかへ行つたのだらう。あのひとはね、ほんたうにこんや遠くへ行つたのだ。おまへはもうカムパネルラをさが
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