。
「天上へなんか行かなくたつていいぢやないか。ぼくたちここで天上よりももつといいとこをこさへなけあいけないつて僕の先生が云つたよ。」
「だつてお母さんも行つてらつしやるし、それに神さまも仰つしやるんだわ。」
「そんな神さまうその神さまだい。」
「あなたの神さまうその神さまよ。」
「さうぢやないよ。」
「あなたの神さまつてどんな神さまですか。」
青年は笑ひながら云ひました。
「ぼくほんたうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんたうのたつた一人の神さまです。」
「ほんたうの神さまはもちろんたつた一人です。」
「ああ、そんなんでなしにたつたひとりのほんたうのほんたうの神さまです。」
「だからさうぢやありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんたうの神さまの前に、わたくしたちとお會ひになることを祈ります。」青年はつつましく兩手を組みました。
女の子もちやうどその通りにしました。みんなほんたうに別れが惜しさうで、その顏いろも少し青ざめて見えました。ジヨバンニはあぶなく聲をあげて泣き出さうとしました。
「さあもう支度はいいんですか。ぢきサウザンクロスですから。」
ああそのときでした。見えない天の川のずうつと川下に青や橙や、もうあらゆる光でちりばめられた十字架が、まるで一本の木といふ風に川の中から立つてかがやき、その上には青じろい雲がまるい環になつて後光のやうにかかつてゐるのでした。
汽車の中がまるでざわざわしました。みんなあの北の十字のときのやうにまつすぐに立つてお祈りをはじめました。
あつちにもこつちにも子供が瓜に飛びついたときのやうなよろこびの聲や、何とも云ひやうのない深いつつましいためいきの音ばかりきこえました。そしてだんだん十字架は窓の正面になり、あの苹果の肉のやうな青じろい銀の雲も、ゆるやかにゆるやかに繞つてゐるのが見えました。
「ハルレヤ、ハルレヤ。」明るくたのしくみんなの聲はひびき、みんなはそのそらの遠くから、つめたいそらの遠くから、すきとほつた何とも云へずさわやかなラツパの聲をききました。そしてたくさんのシグナルや電燈の灯のなかを汽車はだんだんゆるやかになり、とうとう十字架のちやうどま向ひに行つてすつかりとまりました。
「さあ、降りるんですよ。」青年は男の子の手をひき、姉はじぶんのえりや肩をなほしながらだんだん向うの出口の方へ歩き出しま
前へ
次へ
全45ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング