りふだんよりも低く連つて見えました。
 ジヨバンニは、もう露の降りかかつた小さな林のこみちをどんどんのぼつて行きました。まつくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照らしだされてあつたのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな蟲もゐて、ある葉は青くすかし出され、ジヨバンニは、さつきみんなの持つて行つた烏瓜のあかりのやうだとも思ひました。
 そのまつ黒な、松や楢の林を越えると、俄かにがらんと空がひらけて、天の川がしらじらと南から北へ亙つてゐるのが見え、また頂の、天氣輪の柱も見わけられたのでした。つりがねさうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢の中からでも薫りだしたといふやうに咲き、鳥が一疋、丘の上を鳴き續けながら通つて行きました。
 ジヨバンニは、頂の天氣輪の柱の下に來て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。
 町の灯は、暗の中をまるで海の底のお宮のけしきのやうにともり、子供らの歌ふ聲や口笛、きれぎれの叫び聲もかすかに聞えて來るのでした。風が遠くで鳴り、丘の草もしづかにそよぎ、ジヨバンニの汗でぬれたシヤツもつめたく冷やされました。
 ジヨバンニはぢつと天の川を見ながら考へました。
(ぼくはもう、遠くへ行つてしまひたい。みんなからはなれて、どこまでもどこまでも行つてしまひたい。それでももしもカムパネルラが、ぼくといつしよに來てくれたら、そして二人で、野原やさまざまの家をスケツチしながら、どこまでもどこまでも行くのなら、どんなにいいだらう。カムパネルラは決してぼくを怒つてゐないのだ。そしてぼくは、どんなに友だちがほしいだらう。ぼくはもう、カムパネルラが、ほんたうにぼくの友だちになつて、決してうそをつかないなら、ぼくは命でもやつてもいい。けれどもさう云はうと思つても、いまはぼくはそれをカムパネルラに云へなくなつてしまつた。一緒に遊ぶひまだつてないんだ。ぼくはもう、空の遠くの遠くの方へ、たつた一人で飛んで行つてしまひたい。)
 ジヨバンニは町のはづれから遠く黒くひろがつた野原を見わたしました。そこから汽車の音が聞えてきました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果を剥いたり、わらつたり、いろいろな風にしてゐると考へますと、ジヨバンニは、もう何とも云へずかなしくなつて、また眼を
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