雜貨店の前で、黒い影やぼんやりした白いシヤツが入り亂れて、六七人の生徒らが口笛を吹いたり笑つたりして、めいめい烏瓜の燈火を持つてやつて來るのを見ました。その笑ひ聲も口笛もみんな聞きおぼえのあるものでした。ジヨバンニの同級の子供らだつたのです。ジヨバンニは思はずどきつとして戻らうとしましたが、思ひ直して一そう勢ひよくそつちへ歩いて行きました。
「川へ行くの。」ジヨバンニが云はうとして、少しのどがつまつたやうに思つたとき、
「ジヨバンニ、ラツコの上着が來るよ。」さつきのザネリがまた叫びました。
「ジヨバンニ、ラツコの上着が來るよ。」すぐみんなが、續いて叫びました。ジヨバンニはまつ赤になつて、もう歩いてゐるのかもよくわからず、急いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラが居たのです。カムパネルラは氣の毒さうに、だまつて少しわらつて、怒らないだらうかといふやうにジヨバンニの方を見てゐました。
 ジヨバンニは、遁げるやうにその眼を避け、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが過ぎて行つて間もなく、みんなはてんでに口笛を吹きました。町かどを曲るとき、ふりかへつて見ましたら、ザネリがやはりふりかへつて見てゐました。そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて、向うにぼんやり見えてゐる橋の方へ歩いて行つてしまつたのでした。ジヨバンニはなんとも云へずさびしくなつて、いきなり走り出しました。すると耳に手をあてて、わああと云ひながら片足でぴよんぴよん跳んでゐた小さな子供らは、ジヨバンニが面白くてかけるのだと思つて、わあいと叫びました。
 どんどんジヨバンニは走りました。
 けれどもジヨバンニは、まつすぐに坂をのぼつて、おつかさんの家へは歸らないで、ちやうどその北の方の町はづれへ走つて行つたのです。そこには、河原のぼうつと白く見える小さな川があつて、細い鐵の欄干のついた橋がかかつてゐました。
(ぼくはどこへもあそびに行くとこがない。ぼくはみんなから、まるで狐のやうに見えるんだ。)
 ジヨバンニは橋の上でとまつて、ちよつとの間、せはしい息できれぎれに口笛を吹きながら泣き出したいのをごまかして立つてゐましたが、にはかにまたちからいつぱい走りだして、黒い丘の方へいそぎました。

       五 天氣輪の柱

 牧場のうしろはゆるい丘になつて、その黒い平らな頂上は、北の大熊星の下に、ぼんや
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