そらにあげました。……(次の原稿幾枚かなし)……
ジヨバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむつてゐたのでした。胸は何だかをかしく熱り、頬にはつめたい涙がながれてゐました。
ジヨバンニは、ばねのやうにはね起きました。町はすつかりさつきの通りに下でたくさんの灯を綴つてはゐましたが、その光はなんだかさつきよりは熱したという風でした。
そしてたつたいま夢であるいた天の川もやつぱりさつきの通りに白くぼんやりかかり、まつ黒な南の地平線の上では殊にけむつたやうになつて、その右には蝎座の赤い星がうつくしくきらめき、そこらぜんたいの位置はそんなに變つてもゐないやうでした。
ジヨバンニは一さんに丘を走つて下りました。まだ夕ごはんをたべないで待つてゐるお母さんのことが、胸いつぱいに思ひだされたのです。どんどん黒い松の林の中を通つて、それからほの白い牧場の柵をまはつて、さつきの入口から暗い牛舍の前へまた來ました。
そこには誰かがいま歸つたらしく、さつきなかつた一つの車が、何かの樽を二つ乘つけて置いてありました。
「今晩は。」ジヨバンニは叫びました。
「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て來て立ちました。
「何のご用ですか。」
「今日牛乳がぼくのところへ來なかつたのですが。」
「あ、濟みませんでした。」その人はすぐ奧へ行つて、一本の牛乳瓶をもつて來て、ジヨバンニに渡しながら、また云ひました。
「ほんたうに濟みませんでした。今日はひるすぎ、うつかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから、大將早速親牛のところへ行つて半分ばかり呑んでしまひましてね……。」その人はわらひました。
「さうですか。ではいただいて行きます。」
「ええ、どうも濟みませんでした。」
「いいえ。」ジヨバンニはまだ熱い乳の瓶を兩方のてのひらで包むやうにもつて牧場の柵を出ました。
そしてしばらく木のある町を通つて、大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になつて、右手の方に、さつきカムパネルラたちのあかりを流しに行つた川通りのはづれに大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立つてゐました。
ところがその十文字になつた町かどや店の前に女たちが七八人位づつあつまつて橋の方を見ながら何かひそひそ話してゐるのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいつぱいなのでした。
ジヨバンニはなぜかさあ
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