いました。そのとき、
「おまえはいったい何を泣《な》いているの。ちょっとこっちをごらん」いままでたびたび聞こえた、あのやさしいセロのような声が、ジョバンニのうしろから聞こえました。
 ジョバンニは、はっと思って涙《なみだ》をはらってそっちをふり向《む》きました、さっきまでカムパネルラのすわっていた席《せき》に黒い大きな帽子《ぼうし》をかぶった青白い顔のやせた大人《おとな》が、やさしくわらって大きな一|冊《さつ》の本をもっていました。
「おまえのともだちがどこかへ行ったのだろう。あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ」
「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと言《い》ったんです」
「ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまえがあうどんなひとでも、みんな何べんもおまえといっしょに苹果《りんご》をたべたり汽車に乗《の》ったりしたのだ。だからやっぱりおまえはさっき考えたように、あらゆるひとのいちばんの幸福《こうふく》をさがし、みんなといっしょに早くそこ
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