しました。

     三 家

 ジョバンニが勢《いきお》いよく帰って来たのは、ある裏町《うらまち》の小さな家でした。その三つならんだ入口のいちばん左側《ひだりがわ》には空箱《あきばこ》に紫《むらさき》いろのケールやアスパラガスが植《う》えてあって小さな二つの窓《まど》には日覆《ひおお》いがおりたままになっていました。
「お母さん、いま帰ったよ。ぐあい悪《わる》くなかったの」ジョバンニは靴《くつ》をぬぎながら言いました。
「ああ、ジョバンニ、お仕事《しごと》がひどかったろう。今日《きょう》は涼《すず》しくてね。わたしはずうっとぐあいがいいよ」
 ジョバンニは玄関《げんかん》を上がって行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室《へや》に白い巾《きれ》をかぶって寝《やす》んでいたのでした。ジョバンニは窓《まど》をあけました。
「お母さん、今日は角砂糖《かくざとう》を買ってきたよ。牛乳《ぎゅうにゅう》に入れてあげようと思って」
「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから」
「お母さん。姉《ねえ》さんはいつ帰ったの」
「ああ、三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね」
「お母さんの牛乳《ぎゅうにゅう》は来ていないんだろうか」
「来なかったろうかねえ」
「ぼく行ってとって来よう」
「ああ、あたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉《ねえ》さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置《お》いて行ったよ」
「ではぼくたべよう」
 ジョバンニは[#「 ジョバンニは」は底本では「「ジョバンニは」]窓《まど》のところからトマトの皿《さら》をとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。
「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ」
「ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの」
「だって今朝《けさ》の新聞に今年は北の方の漁《りょう》はたいへんよかったと書いてあったよ」
「ああだけどねえ、お父さんは漁《りょう》へ出ていないかもしれない」
「きっと出ているよ。お父さんが監獄《かんごく》へはいるようなそんな悪《わる》いことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈《きぞう》した巨《おお》きな蟹《かに》の甲《こう》らだのとなかいの角《つの》だの今だってみんな標本室《ひょうほんしつ》にあるんだ。六年生なんか
前へ 次へ
全55ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング