っぱんじょ》にはいって靴《くつ》をぬいで上がりますと、突《つ》き当たりの大きな扉《とびら》をあけました。中にはまだ昼《ひる》なのに電燈《でんとう》がついて、たくさんの輪転機《りんてんき》がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働《はたら》いておりました。
 ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子《テーブル》にすわった人の所《ところ》へ行っておじぎをしました。その人はしばらく棚《たな》をさがしてから、
「これだけ拾《ひろ》って行けるかね」と言《い》いながら、一枚の紙切れを渡《わた》しました。ジョバンニはその人の卓子《テーブル》の足もとから一つの小さな平《ひら》たい函《はこ》をとりだして向《む》こうの電燈《でんとう》のたくさんついた、たてかけてある壁《かべ》の隅《すみ》の所《ところ》へしゃがみ込《こ》むと、小さなピンセットでまるで粟粒《あわつぶ》ぐらいの活字《かつじ》を次《つぎ》から次《つぎ》へと拾《ひろ》いはじめました。青い胸《むね》あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、
「よう、虫めがね君《くん》、お早う」と言《い》いますと、近くの四、五人の人たちが声もたてずこっちも向《む》かずに冷《つめ》たくわらいました。
 ジョバンニは何べんも眼《め》をぬぐいながら活字《かつじ》をだんだんひろいました。
 六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは拾《ひろ》った活字《かつじ》をいっぱいに入れた平《ひら》たい箱《はこ》をもういちど手にもった紙きれと引き合わせてから、さっきの卓子《テーブル》の人へ持《も》って来ました。その人は黙《だま》ってそれを受《う》け取《と》ってかすかにうなずきました。
 ジョバンニはおじぎをすると扉《とびら》をあけて計算台のところに来ました。すると白服《しろふく》を着《き》た人がやっぱりだまって小さな銀貨《ぎんか》を一つジョバンニに渡《わた》しました。ジョバンニはにわかに顔いろがよくなって威勢《いせい》よくおじぎをすると、台の下に置《お》いた鞄《かばん》をもっておもてへ飛《と》びだしました。それから元気よく口笛《くちぶえ》を吹《ふ》きながらパン屋《や》へ寄《よ》ってパンの塊《かたまり》を一つと角砂糖《かくざとう》を一|袋《ふくろ》買いますといちもくさんに走りだ
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