いえ」
「いまでも聞こえるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴《き》いてごらんなさい」
 二人《ふたり》は眼《め》を挙《あ》げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧《わ》くような音が聞こえて来るのでした。
「鶴《つる》、どうしてとるんですか」
「鶴《つる》ですか、それとも鷺《さぎ》ですか」
「鷺《さぎ》です」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。
「そいつはな、雑作《ぞうさ》ない。さぎというものは、みんな天の川の砂《すな》が凝《かたま》って、ぼおっとできるもんですからね、そして始終《しじゅう》川へ帰りますからね、川原で待《ま》っていて、鷺《さぎ》がみんな、脚《あし》をこういうふうにしておりてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押《おさ》えちまうんです。するともう鷺《さぎ》は、かたまって安心《あんしん》して死《し》んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押《お》し葉《ば》にするだけです」
「鷺《さぎ》を押《お》し葉《ば》にするんですか。標本《ひょうほん》ですか」
「標本《ひょうほん》じゃありません。みんなたべるじゃありませんか」
「おかしいねえ」カムパネルラが首《くび》をかしげました。
「おかしいも不審《ふしん》もありませんや。そら」その男は立って、網棚《あみだな》から包《つつ》みをおろして、手ばやくくるくると解《と》きました。
「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです」
「ほんとうに鷺《さぎ》だねえ」二人《ふたり》は思わず叫《さけ》びました。まっ白な、あのさっきの北の十字架《じゅうじか》のように光る鷺《さぎ》のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚《あし》をちぢめて、浮彫《うきぼ》りのようにならんでいたのです。
「眼《め》をつぶってるね」カムパネルラは、指《ゆび》でそっと、鷺《さぎ》の三日月《みかづき》がたの白いつぶった眼《め》にさわりました。頭の上の槍《やり》のような白い毛もちゃんとついていました。
「ね、そうでしょう」鳥捕《とりと》りは風呂敷《ふろしき》を重《かさ》ねて、またくるくると包《つつ》んで紐《ひも》でくくりました。誰《だれ》がいったいここらで鷺《さぎ》なんぞたべるだろうとジョバンニは思いながら訊《き》きました。
「鷺《さぎ》はおいしいんです
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