けれども、誰《だれ》だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸《さいわい》なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う」カムパネルラは、なにかほんとうに決心《けっしん》しているように見えました。
にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石《こんごうせき》や草の露《つゆ》やあらゆる立派《りっぱ》さをあつめたような、きらびやかな銀河《ぎんが》の河床《かわどこ》の上を、水は声もなくかたちもなく流《なが》れ、その流《なが》れのまん中に、ぼうっと青白く後光《ごこう》の射《さ》した一つの島《しま》が見えるのでした。その島《しま》の平《たい》らないただきに、立派《りっぱ》な眼《め》もさめるような、白い十字架《じゅうじか》がたって、それはもう、凍《こお》った北極《ほっきょく》の雲で鋳《い》たといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久《えいきゅう》に立っているのでした。
「ハレルヤ、ハレルヤ」前からもうしろからも声が起《お》こりました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人《たびびと》たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂《た》れ、黒いバイブルを胸《むね》にあてたり、水晶《すいしょう》の数珠《じゅず》をかけたり、どの人もつつましく指《ゆび》を組み合わせて、そっちに祈《いの》っているのでした。思わず二人《ふたり》ともまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬《ほお》は、まるで熟《じゅく》した苹果《りんご》のあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。
そして島《しま》と十字架《じゅうじか》とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。
向《む》こう岸《ぎし》も、青じろくぼうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀《ぎん》いろがけむって、息《いき》でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火《きつねび》のように思われました。
それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列《れつ》でさえぎられ、白鳥の島《しま》は、二|度《ど》ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵《え》のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには
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